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東京地方裁判所 平成3年(刑わ)1395号 判決 1993年5月17日

主文

被告人を懲役五年六か月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、鉄骨の製造・販売、各種鋼材の加工・販売、建築工事の請負、不動産の売買・仲介、ゴルフ場・ホテルの経営等を目的とする株式会社共和(以下、「共和」という。)の取締役副社長で同社の業務全般を統括する実質上の経営者であつた者であるが、

第一  丸紅株式会社(以下、「丸紅」という。)の鉄鋼第二本部副本部長などを務めていたB、右鉄鋼第二本部鉄鋼プロジェクト営業部部長代理などを務めていたC、共和の経理担当取締役などを務めていたD、株式会社アール・アンド・ディー・エンジニアリング(以下、「アール・アンド・ディー」という。)の実質上の経営者であつたEらと共謀の上、丸紅が総合建設会社(ゼネコン)から建築工事用鉄骨製品の購入等の注文を受けて、これを他の商社などの会社に発注し、商社などの会社がさらにこれを共和に発注し、右発注を受けて、共和がゼネコンに納品等をし、代金の決済は、まず、丸紅から注文を受けた商社などの会社が、丸紅発行の注文書記載の代金額から口銭等を差し引いた金額を代金として共和に支払い、後日、ゼネコンから支払いを受けた丸紅が、右の支払いをした商社などの会社に対し、右注文書記載の代金を支払うという取引(いわゆる「商社金融取引」の一形態である。)を仮装して、勝手に丸紅の名で商社などの会社に鉄骨製品の購入等を発注するなどして、商社などの会社から共和に対する鉄骨製品の購入等の発注代金名下に金員などを騙し取ろうと考え、

一  昭和六三年一二月一二日ころ、東京都新宿区《番地略》東照ビル三階の共和事務所または右ビルに隣接するトーカンキャスティールビル二階の共和事務所において、行使の目的をもつて、ほしいままに、発注者として「丸紅株式会社」と記名された注文書用紙の宛先欄に「岩崎機械工業株式会社」、支払条件欄に「納入検収10日後現金払」、品名欄に「鉄骨製品他、MBリゾートマンション他」、金額欄に「¥958、000、000」などと記載するなどして、もつて、丸紅作成名義の有印私文書である鉄骨製品の購入等の注文書一通を偽造した上、そのころ、同都墨田区《番地略》岩崎機械工業株式会社(以下、「岩崎機械」という。)において、同社代表取締役Fに対し、真実は、丸紅から岩崎機械に対して注文するものではなく、したがつて、丸紅から岩崎機械に対して鉄骨製品の購入等の代金等いかなる趣旨の金員の支払いもなされるものではないのにもかかわらず、これらの事実を秘し、あたかも右注文書が真正に成立したものであつて、丸紅が右注文書のとおり岩崎機械に鉄骨製品の購入等の注文を行うものであり、したがつて、岩崎機械がこれを受注して共和に右製品の購入等の発注をし、その代金の支払いをしても、後日丸紅から支払いを受けられる取引であるかのように装つて、右偽造にかかる注文書を交付して行使し、共和に対する鉄骨製品の購入等の発注及びその代金の支払いを申し込み、右Fをして、岩崎機械が共和に右製品の購入等の代金を支払つても、後日信用のある大手商社丸紅から支払いを受けられる取引であるから支出金の回収は確実である旨誤信させ、よつて、同年一二月一九日、千葉県東金市東金一〇六〇番六所在の千葉銀行東金支店の岩崎機械の当座預金口座から、東京都千代田区《番地略》所在の三菱銀行市ヶ谷支店の共和名義の普通預金口座に九億一〇三六万一六六六円を振込入金させてこれを騙し取り、

二1  別表(1)「偽造事実欄」記載のとおり、平成二年五月三〇日ころから同年九月二五日ころまでの間、前後五回にわたり、東京都渋谷区《番地略》大東京火災新宿ビル一六階の共和事務所において、行使の目的をもつて、ほしいままに、発注者として「丸紅株式会社」と記名された各注文書用紙の宛先欄に「飯田産業株式会社」、支払条件欄に「平成2年10月25日現金払」、品名欄に「鉄骨製品他、(仮)東急青山ビル(仮)多摩NTビル (仮)FSビル (仮)後楽園HTビル」、金額欄に「¥465、560、000」などとそれぞれ記載するなどし、もつて、丸紅作成名義の有印私文書である鉄骨製品の購入等の注文書合計五通を偽造した上、別表(1)「行使及び詐欺事実」欄記載のとおり、前後五回にわたり、いずれも右各偽造年月日のころからその数日後にかけて、真実は、丸紅が飯田産業株式会社(以下、「飯田産業」という。)に対して注文するものではなく、したがつて、丸紅から飯田産業に対する鉄骨製品の購入等の代金等いかなる趣旨の金員の支払いもなされるものではないのにもかかわらず、これらの事実を秘し、あたかも右各注文書が真正に成立したものであつて、丸紅において右各注文書のとおり飯田産業に鉄骨製品の購入等の注文を行うものであり、したがつて、飯田産業がこれを受注して共和に右製品の購入等の発注をし、その代金の支払いをしても、後日丸紅から支払いを受けられる取引であるかのように装つて、ファクシミリを利用するなどして、右各注文書の内容等を大分市《番地略》飯田産業大分支店の支店長で同社の取締役であるG、同支店課長であるHらに告知するとともに、偽造にかかる右各注文書を前記共和事務所から航空宅配便で同支店に送付して、同支店において、右Gらに示してこれを行使し、同人らに対し、共和に対する鉄骨製品の購入等の発注及びその代金の支払いを申し込み、右Gら、さらに、同人らから、右各注文を受けた旨等の報告を受けた飯田産業(本店所在地は、福岡市《番地略》。)代表取締役I(ただし、別表(1)番号3の関係では同人を除く。)及び同じく代表取締役J、並びに、右の旨及び同社大分支店に右各注文書の送付があつた旨等の報告を受けた同社経理担当取締役Kらをして、飯田産業が共和に右製品の購入等の代金を支払つても、後日信用のある大手商社丸紅から支払いを受けられる取引であるから支出金の回収は確実である旨誤信させ、よつて、同年六月五日から同年一〇月五日までの間、前後一六回にわたり、福岡市《番地略》西日本銀行本店営業部ほか四か所の飯田産業の各当座預金口座から、東京都新宿区《番地略》太陽神戸三井銀行新宿新都心支店ほか二か所の共和名義の各普通預金口座に合計二八億一八五〇万八五五三円を振込入金させてこれを騙し取り、

2  平成二年一〇月二四日ころ、前記共和事務所において、発注者として「丸紅株式会社」と記名された注文書用紙の宛先欄に「飯田産業株式会社」、支払条件欄に「平成3年2月25日現金払」、品名欄に「鉄骨製品他、(仮)NTホテル、(仮)三菱BS棟 (仮)KKリゾートマンション (仮)文京SS会館」、金額欄に「¥673、620、000」などと勝手に記載するなどして、丸紅作成名義の鉄骨製品の購入等の注文書の形式・外観を備える文書一通を作成し、同月三一日ころ、前記共和事務所において、電子複写機により右注文書の写しを作成した上、そのころ、行使の目的をもつて、ほしいままに、右写しを同所から前記飯田産業大分支店にファクシミリで伝送して同支店備付けのファクシミリ受信機によりその写しを作出し、もつて、あたかも真正に成立した丸紅作成名義の有印私文書である鉄骨製品の購入等の注文書を原形どおりに正確に複写したかのような形式・外観を備える写真コピー一通の偽造を遂げ、そのころ、同支店において、真実は、丸紅が飯田産業に対して注文するものではなく、したがつて、丸紅から飯田産業に対して鉄骨製品の購入等の代金等いかなる趣旨の金員の支払いもなされるものではないのにもかかわらず、これらの事実を秘し、あたかも右偽造にかかる注文書写真コピーが真正に成立したものであつて、丸紅において右コピーに記載されているとおり飯田産業に鉄骨製品の購入等の注文を行うものであり、したがつて、飯田産業がこれを受注し、共和に右製品の購入等の発注をし、その代金を支払つても、後日信用のある大手商社丸紅から支払いを受けられる取引であるかのように装つて、右偽造にかかる注文書写真コピーを前記Hらに示してこれを行使し、同人らに対し、共和に対する鉄骨製品の購入等の発注及びその代金の支払いを申し込むとともに、それに先立つて、同日ころ、前記共和事務所から東京都新宿区《番地略》ホテルセンチュリーハイアットに滞在中の前記Jに電話をかけ、丸紅が飯田産業に鉄骨製品の購入等の注文を行うものであるかのように装うなどし、同人に対し、共和に対する金員の支払日等について要望を行い、右J及びH、並びに、右両名から右注文書写真コピー記載のとおりの注文が丸紅からあつた旨等の連絡を受けた前記Kらをして、飯田産業が共和に右製品の購入等の代金を支払つても、後日信用ある大手商社丸紅から支払いを受けられる取引であるから支出金の回収は確実である旨誤信させ、よつて、同年一一月一日、福岡市《番地略》福岡シティ銀行本店営業部の飯田産業の当座預金口座から、東京都新宿区《番地略》所在の三菱銀行新宿新都心支店の共和名義の普通預金口座に二億円、同月二日、前記西日本銀行本店営業部及び福岡市《番地略》福岡銀行本店営業部の飯田産業の各当座預金口座から、右三菱銀行新宿新都心支店の共和名義の普通預金口座に一億円及び三億三九〇〇万〇五四七円をそれぞれ振込入金させてこれを騙し取り、

三  平成二年七月二六日ころ、前記二記載の共和事務所において、行使の目的をもつて、ほしいままに、発注者として「丸紅株式会社」と記名された注文書用紙の宛先欄に「岡藤商事株式会社」、支払条件欄に「平成2年11月30日現金払」、品名欄に「鉄骨製品他 (仮)本川越Sビル」、金額欄に「¥196、730、000」などと記載するなどし、もつて、丸紅作成名義の有印私文書である鉄骨製品の購入等の注文書一通を偽造した上、そのころ、東京都中央区《番地略》岡藤商事株式会社(以下、「岡藤商事」という。)において、同社常務取締役Lらに対し、真実は、丸紅が岡藤商事に対して注文するものではなく、したがつて、丸紅から岡藤商事に対する鉄骨製品の購入等の代金等いかなる趣旨の金員の支払いもなされるものではないのにもかかわらず、これらの事実を秘し、あたかも右注文書が真正に成立したものであつて、丸紅が右注文書のとおり岡藤商事に鉄骨製品の購入等の注文を行うものであり、したがつて、岡藤商事がこれを受注して共和に右製品の購入等の発注をし、その代金の支払いをしても、後日丸紅から支払いを受けられる取引であるかのように装つて、右偽造にかかる注文書を交付して行使し、共和に対する右製品の購入等の発注及びその代金の支払いを申し込み、右Lらをして、岡藤商事が共和に右製品の購入等の代金を支払つても、後日信用のある大手商社丸紅から支払いを受けられる取引であるから支出金の回収は確実である旨誤信させ、よつて、同年七月三〇日、東京都中央区《番地略》太陽神戸三井銀行八重洲通支店の岡藤商事の普通預金口座から、前記三菱銀行市ヶ谷支店の共和名義の普通預金口座に一億八八八六万〇〇七九円を振込入金させてこれを騙し取り、

四  別表(2)「偽造事実」欄記載のとおり、平成二年七月一一日ころから同年一〇月一一日ころまでの間に、前後四回にわたり、前記二記載の共和事務所において、行使の目的をもつて、ほしいままに、発注者として「丸紅株式会社」と記名された各注文書用紙の宛先欄に「日商岩井株式会社関東支店」、支払条件欄に「平成2年11月26日現金振込」、品名欄に「鉄骨製品他(仮)青山NTビル (仮)TM岡田ビル (仮)富士TM会館 (仮)西武HKビル」、金額欄に「¥592、044、000」などとそれぞれ記載するなどし、もつて、丸紅作成名義の有印私文書である鉄骨製品の購入等の注文書合計四通を偽造した上、別表(2)「行使及び詐欺事実」欄記載のとおり、平成二年七月一二日ころから同年一〇月一一日ころまでの間、前後四回にわたり、同都新宿区《番地略》東京建物御苑前ビルの日商岩井株式会社(以下、「日商岩井」という。)関東支店事務所において、同支店支店長M、副支店長N、営業第一チームチームリーダーOらに対し、真実は、丸紅が日商岩井に対して注文するものではなく、したがつて、丸紅から日商岩井に対する鉄骨製品の購入等の代金等いかなる趣旨の金員の支払いもなされるものではないのにもかかわらず、これらの事実を秘し、あたかも右各注文書が真正に成立したものであつて、丸紅が右各注文書のとおり日商岩井に鉄骨製品の購入等の注文を行うものであり、したがつて、日商岩井がこれを受注して共和に右製品の購入等の発注及びその代金の支払いをしても、後日丸紅から支払いを受けられる取引であるかのように装つて、偽造にかかる右各注文書を交付して行使し、共和に対する鉄骨製品の購入等の発注及びその代金の支払いを申し込み、右Mらをして、日商岩井が共和に右製品の購入等の代金等を支払つても、後日信用のある大手商社丸紅から支払いを受けられる取引であるから支出金の回収は確実である旨誤信させ、よつて、同年七月二〇日ころから同年一〇月一九日ころまでの間、前後四回にわたり、右日商岩井関東支店事務所において、日商岩井資金部長P振出名義の約束手形合計二四通(額面金額合計二三億四一六七万三五八五円)の交付を受けてこれを騙し取り、

第二  前記C、同B、同Dと共謀の上、

一  昭和六三年一一月上旬ころ、前記第一の一記載の東照ビルの共和事務所において、行使の目的をもつて、ほしいままに、株式会社奥村組(以下、「奥村組」という。)が、丸紅に対し四一件の契約に基づき総額一二九億六〇〇〇万円の債務を負担していることを確認するとともに、その支払いスケジュールの改訂を通知する旨を内容とし、改訂スケジュール、改訂理由、遅延金利等が記載された、奥村組東京支社から丸紅鉄鋼プロジェクト営業部宛の、同年一一月四日付け「貴社への支払いスケジュール改訂通知の件」と題する文書を作成し、その作成名義人欄に、かねて各偽造にかかる「東京都港区元赤坂一丁目3番10号株式会社奥村組東京支社取締役副社長Q」と刻した記名印及び「株式会社奥村組東京支社支社長印」と刻した丸印を冒捺し、もつて、奥村組東京支社取締役副社長支社長Q作成名義の有印私文書である右通知書一通を偽造した上、そのころ、東京都千代田区大手町一丁目四番二号丸紅東京本社において、同社審査部部長R及び同社金属総括部部長Sらに対し、これが真正に成立したもののように装つて提出して行使し、

二  平成元年四月上旬ころ、前記第一の一記載の東照ビルの共和事務所において、行使の目的をもつて、ほしいままに、奥村組が丸紅に対し当時負担している債務は総額一〇九億六八〇〇万円であることを確認するとともに、その支払いスケジュールを更に改訂する必要があるので同年四月二〇日までその再検討をするための期間の猶予を依頼する旨を内容とする、奥村組東京支社から丸紅鉄鋼プロジェクト営業部宛の、同年四月六日付け「貴社への支払いスケジュール再検討の為の当社検討猶予期間依頼の件」と題する文書を作成し、その作成名義人欄に、前記各偽造にかかる記名印及び丸印を冒捺し、もつて、奥村組東京支社取締役副社長支社長Q作成名義の有印私文書である右依頼書一通を偽造した上、そのころ、前記丸紅東京本社において、前記R及び同Sらに対し、これが真正に成立したもののように装つて提出して行使し、

三  平成元年四月中旬ころ、前記第一の一記載の東照ビルの共和事務所において、行使の目的をもつて、ほしいままに、奥村組が丸紅に対して負担している総額一〇九億六八〇〇万円の前記債務の支払いスケジュールを改訂し、同年五月末日から同年一二月末日までの間に分割して支払う旨の通知を内容とし、支払スケジュール、遅延金利等が記載された、奥村組東京支社から丸紅鉄鋼プロジェクト営業部宛の、同年四月二〇日付け「貴社への支払いスケジュール再検討結果通知の件」と題する文書を作成し、その作成名義人欄に、前記各偽造にかかる記名印及び丸印を冒捺し、もつて、奥村組取締役東京支社副社長支社長Q作成名義の有印私文書である右通知書一通を偽造した上、そのころ、前記丸紅東京本社において、前記R及び同Sらに対し、これが真正に成立したもののように装つて提出して行使し、

第三  前記C、同Dと共謀の上、平成二年一一月七日ころ、東京都新宿区《番地略》東京ヒルトンホテルにおいて、行使の目的をもつて、ほしいままに、丸紅が日商岩井より購入した商品の代金合計二三億九五五七万四〇〇〇円を同月二六日から平成三年二月二五日までの間に四回に分割して支払う旨を内容とし、振込日、金額、振込銀行等が記載された、丸紅から日商岩井関東支店宛の、平成二年一一月六日付け「お支払い通知」と題する文書の作成名義欄の「東京都千代田区《番地略》丸紅株式会社」の名下に、かねて偽造にかかる「丸紅株式会社鉄鋼プロジェクト営業部部長之印」と刻した丸印を冒捺し、もつて、丸紅作成名義の有印私文書である右支払い通知書一通を偽造した上、そのころ、前記第一の二の2記載のホテルセンチュリーハイアットにおいて、日商岩井関東支店副支店長Nに対して、これが真正に成立したもののように装つて交付して行使し、

第四  平成元年八月一〇日から平成二年二月二八日までの間、国務大臣・北海道開発庁長官として、北海道総合開発計画についての調査及び立案、これに基づく事業の実施に関する事務の調整及び推進、北海道開発予算の一括要求並びに北海道東北開発公庫に対する指導・監督等の事務を所掌する北海道開発庁の事務を統括し、職員の服務を統督する職務を有していた衆議院議員Tに贈賄することを企て、

一  平成元年八月一〇日ころから同月下旬ころまでの間、二回にわたり、東京都千代田区《番地略》料亭「まん賀ん」等において、同人に対し、第五期北海道総合開発計画に基づく道路整備事業として平成二年度予算による事業化が見込まれていた高規格幹線道路である函館・江差自動車道のうち、共和がリゾート総合開発事業を計画していた北海道上磯郡上磯町周辺における新設予定個所に関する情報を内報されたい旨の請託をなした上、右請託事項を実行してもらう報酬の趣旨で、右請託を受諾し、右趣旨を了知している同人に対し、同月下旬ころ、右料亭「まん賀ん」において、現金二〇〇〇万円を供与し、もつて、同人の前記職務に関して贈賄し、

二  平成元年八月一〇日ころから平成二年一月二〇日までの間、度々、前記料亭「まん賀ん」や東京都千代田区霞が関三丁目一番一号中央合同庁舎第四号館北海道開発庁長官室等において、同人に対し、前記一に記載した内容の請託並びに前記第五期北海道総合開発計画に含まれ、札幌市及び札幌商工会議所等が同市内に建設を計画中の全天候型スポーツ施設であるいわゆるホワイトドームの建設事業につき、同ドームの建設予定場所等に関する情報を内報されたい旨、同事業に共和と取引関係にある株式会社第一コーポレーションが参加でき、同事業関連の鉄骨の製作、供給及び工事を共和が受注できるよう札幌市及び札幌商工会議所等に働き掛けをされたい旨及び共和が前記リゾート総合開発事業に関して北海道東北開発公庫に融資申請した際には便宜な取り計らいが受けられるよう同公庫に働き掛けをされたい旨の請託をなした上、右請託事項を実行してもらう報酬の趣旨で、右請託を受諾し、右趣旨を了知している同人に対し、別表(3)記載のとおり、平成元年一〇月下旬ころから平成二年一月二〇日までの間、五回に分けて、前記料亭「まん賀ん」ほか三か所において、現金合計六〇〇〇万円を供与し、もつて、同人の前記職務に関して贈賄し、

三  平成元年八月一〇日ころから平成二年一月二〇日までの間、度々、前記料亭「まん賀ん」等において、同人に対し、前記二に記載した内容の請託をなした上、右請託事項を実行してもらう報酬の趣旨で、右請託を受諾し、右趣旨を了知している同人に対し、平成二年一月二三日、東京都千代田区永田町二丁目二番一号衆議院第一議員会館五〇五号T事務所において、現金一〇〇〇万円を供与し、もつて、同人の前記職務に関して贈賄した。

(証拠)《略》

(確定裁判)

被告人は、平成三年四月一七日青森地方裁判所で贈賄罪により懲役二年、五年間執行猶予に処せられ、この裁判は同年五月二日確定した(証拠 前科調書(乙一〇六)、判決書謄本(乙一〇七))。

(法令の適用)

一  罰条

判示第一の一の所為、二の1の別表(1)の番号1ないし5の各所為、二の2の所為、三の所為、四の別表(2)の番号1ないし4の各所為中

有印私文書偽造の点につき

刑法六〇条、一五九条一項

同行使の点につき

刑法六〇条、一六一条一項、一五九条一項

詐欺の点につき

刑法六〇条、二四六条一項

判示第二の一ないし三の各所為、第三の所為中

有印私文書偽造の点につき

刑法六〇条、一五九条一項

同行使の点につき

刑法六〇条、一六一条一項、一五九条一項

判示第四の一ないし三の各所為につき

行為時においては、平成三年法律第三一号による改正前の刑法一九八条、同改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法一九七条一項後段、裁判時においては、右改正後の刑法一九八条、刑法一九七条一項後段(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

二  科刑上一罪

判示第一の一、二の1の別表(1)の番号1ないし5、二の2、三、四の別表(2)の番号1ないし4につき

刑法五四条一項後段、一〇条(それぞれ一罪として、いずれも最も重い詐欺罪の刑で処断。ただし、短期は、いずれも偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)

判示第二の一ないし三、第三につき

刑法五四条一項後段、一〇条(それぞれ一罪として、いずれも犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断。)

三  刑種の選択

判示第四の一ないし三の各罪につき

懲役刑選択

四  併合罪の処理

刑法四五条後段、五〇条、四五条前段、四七条本文、一〇条(未だ裁判を経ていない判示各罪につき更に処断することとし、判示各罪中、刑及び犯情の最も重い判示第一の一の罪の刑に法定の加重。)

五  未決勾留日数の算入

刑法二一条

六  訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

第一  本件の経緯、概要

本件は、被告人が、いわゆるバブル景気を背景として、共和の事業拡張を図ろうとするなかで、一方で、共和の資金調達のために、丸紅の社員らとともに、いわゆる商社金融取引を悪用した一連の不正な取引を行つて、その中で、文書偽造、詐欺等の犯行を敢行するとともに、右の不正な取引の発覚を免れるために別の文書偽造等の犯行を行い、他方で、共和の不動産事業等に関して、現職国務大臣を買収しその権限を利用して共和の事業上の利益をはかることを企図し、当該国務大臣に対し具体的な請託をなした上、協力を約した同大臣に対して多額の現金を渡して贈賄したという事案である。本件の各犯行は、共和の事業と深く関わつており、いずれも被告人の手段を選ばない事業拡張欲から発したものと認められる。

以下、共和の事業展開などとも関連付けながら、本件の経緯・概要について記すこととする。

一  被告人の経歴等

被告人は、福岡県の高校を卒業し、鉄鋼の炉材の会社など数社に勤めた後、昭和四三年ころ、父親らが設立、経営していた、新日鉄君津製鉄所に工業薬品を納入していた会社に入社し、昭和四五、六年ころからは、同社の実質上の経営者として、溶鉱炉の増設等に伴う給排水、衛生、空調等の設備工事、さらに製缶業などを行うようになつたが、昭和五二年ころ、負債が多額になり、任意整理した。その後、被告人は、北九州市で、石油タンクの現場据付などの下請け工事をやつていたが、昭和五六、七年ころ、建築物の鉄骨加工・組立工事業に乗り出すことを企図し、当時義兄が経営し、新日鉄堺製鉄所の独身寮の受託管理等をしていた株式会社共和(以下、「共和」という。)の東京支店の名称で、東京を本拠地にして、建築物の鉄骨加工・組立工事業の営業を行うようになつた。

そして、その後、被告人は、昭和六三年四月には、共和の本店所在地を東京都新宿区の東照ビルに移転し、共和の代表取締役社長の肩書は、義兄に残しながら、自らが実質的経営者として、共和の事業を発展させていつた(被告人の肩書は昭和六三年四月ころまでは、取締役東京支店長、その後は、取締役副社長である。)。

なお、被告人は、青森県三沢市長に対する贈賄の罪で逮捕(昭和六二年一月一六日)、起訴(同年二月五日)され、平成三年四月一七日、前記の確定判決の言渡しを受けている。

二  共和の事業展開

1 藤田商事との取引

前述のとおり、被告人は、共和東京支店の名称で、東京を拠点に、昭和五六、七年ころから、鉄骨加工・組立工事業の営業活動を始めた。

当初は、新居浜市の青木工業、川崎市の不二管鉄株式会社及び東京都の扶桑興業株式会社などから、建設工事などを下請け受注し、これを更に下請けに出し、共和の社員に現場監督をさせるという形態の営業を行つていたが、被告人は、昭和五九年ころ、知人を介して、藤田商事株式会社(以下、「藤田商事」という。)の営業課長U、取締役Vと知り合い、被告人の提案で藤田商事・共和間で事業協力することが合意され、藤田商事の中に鉄鋼プロジェクト室を作り、同室に共和が入り、被告人が同室室長、他の共和東京支店関係者が同室室員の名刺を使用して営業活動を行い、藤田商事としてゼネコンから鉄骨工事等を受注し、共和は、これを藤田商事から受注して下請けに発注するという形態の取引を始めた。右取引における代金決済方法は、ゼネコンからの藤田商事に対する代金支払いは右発注から数か月経つてなされるが、藤田商事はゼネコンからの支払いを待たずに右受注及び共和に対する発注の際に共和に代金(藤田商事の受注代金額から手数料相当額を控除した金額)を支払うというもので、藤田商事には手数料相当額を取得できる等のメリットが、共和には代金を速やかに回収できる等のメリットがあつた。自己資金に乏しかつた共和としては、藤田商事からの右先払いは下請けへの支払い資金などの運転資金を調達するための重要な手段であつた。

共和は、昭和五九年末から翌六〇年初めころ、藤田商事の紹介で、銀行から借り入れをして、九州の鉄骨工場を買収し、自社工場での鉄骨の製造加工を行うようになり、下請け工場も増やして鉄骨生産高を増やしていつた。

また、この間、三井造船株式会社鉄構土木事業本部から、鉄骨工事の下請けをするようになり、さらに、同社プラント事業本部プラント事業推進室に共和の社員を派遣するなどの関係も持ち、三井造船株式会社から藤田商事、藤田商事から共和へと順次鉄骨及びプラント関係の発注を受けるといつた取引も行うようになつた。

しかし、このような事業拡張に伴い、共和の資金需要も膨張の一途をたどり、昭和六〇年春以降、共和が先払いを求める金額は、藤田商事の共和に対する与信枠を超過するようになり、藤田商事の経理が先払いを渋るようになつた。そこで、被告人とU、Vらは、藤田商事と共和の間に他の商社等の会社を介在させ、藤田商事が注文書を発行して右商社等に注文をし、右商社等に共和に対する同様の品名の注文をさせるとともに、右商社等に対する注文額から口銭ないし手数料相当額を控除した金額を代金として支払わせ、藤田商事は、後日、ゼネコンから代金支払を受けて、右商社等に代金を支払うという取引を始めた。しかし、それでも増大した諸経費等の支払いに充てる資金を賄えず、そのため、昭和六〇年秋以降は、被告人とUらは相謀つた上、実際には工事が受注できたわけではないのに、藤田商事の社内手続を全く取ることなく藤田商事名義の注文書を発行して右商社等に注文をし、右商社等から共和に対して右と同様に先払いをしてもらい、後日、共和が藤田商事名義で右商社等に代金支払いをしてつじつまを合わせるという取引を行うようになつた。そして、この取引が継続されるうち、昭和六二年三月ころには、共和が藤田商事名義で返済しなければならない債務が三〇億円ないし四〇億円にまで達した。

2 丸紅鉄鋼プロジェクト営業部との関わり

一方、被告人は、昭和五八年ころ、知人を介してアール・アンド・ディー(ただし、昭和六二年一二月以前の同社の商号は、昌亜産業株式会社。以下、商号変更前の同社を「昌亜産業」ということがある。)の実質上の経営者であつたWと面識を得、さらに、同人を介して、昭和五八、九年ころには、丸紅鉄鋼プロジェクト営業部のBやCとも面識を得た。そして、共和は、丸紅鉄鋼プロジェクト営業部が扱つている海外プラント工事に関する見積概算書の作成に昌亜産業の仲介で関与するなどしていたが、その後、共和と藤田商事等の関係する取引に、丸紅鉄鋼プロジェクト営業部を介在させて、口銭を得させるなどの取引を行うようになり、昭和六二年六、七月ころには、後述の物流仮装取引を含む八〇パーセント手形払い取引を開始するようになつた。これを契機に、共和は、丸紅鉄鋼プロジェクト営業部と極めて密接な関係を持つようになり、同部の部長などをしていたB、同部の部長付などをしていたCらと癒着し合い、同人らの協力を得て、右物流仮装取引、後述する散発的水面下取引、本件詐欺取引を含む本格的水面下取引など一連の不正取引を次々行つて、丸紅や他の商社等の会社から、多額の事業資金を調達した。

3 不動産開発事業への進出

共和は、昭和六二年初めころからは、不動産開発事業にも進出し、被告人は、共和開発部を設立するなどして共和における不動産開発事業の案件の調査、企画、実行のシステムを整え、その事業を拡張していつた。共和が手掛けた不動産開発事業は、岐阜県の瑞浪ゴルフ場開発計画、茨城県の緒川ゴルフ場開発計画、同県の五浦ゴルフ場開発計画、大分県の戸次団地造成計画、福岡県の神武原団地造成計画、秋田県の八幡平ゴルフ場建設計画等多数にのぼるが、このうち、瑞浪ゴルフ場開発計画では、平成元年六月ころから、第一期会員権販売を開始し、八幡平ゴルフ場建設計画でも、同年末、会員募集を行い、また、緒川ゴルフ場開発計画については、平成二年三月下旬、会員募集の段階まで進展し、戸次団地造成計画では、同年四月ころ、その二分の一にあたる第一期工区が完成し、神武原団地造成計画については、共和の和議申請時に、約四〇パーセント程度工事が進行している状況にあつた(なお、北海道における開発計画の状況は、後記七で触れる。)。

そして、共和では、自己資金が十分ではなかつたことから、開発予定地を担保にノンバンク等から借入れをして得た金員、その後、開発許可を得るなどして付加価値を高めた同土地を担保に借入金の借換を行つて得た金員、前記一連の不正取引によつて得た金員などを右開発資金に投下していた。

4 共和の経営状態、倒産に至る経緯

共和は、以上のように、被告人の積極的経営方針のもと、ひたすら事業の拡大をめざし、本業の鉄骨部門では、平成二年四月には、念願の最先端技術を導入した九州新工場を建設して、その生産能力を飛躍的に高め、前記九州工場の買収から僅か五年位で生産量日本一を誇る鉄骨メーカーにまで成長した。また、新たに進出した不動産開発についても、大量の資金を次々投入し、九州から北海道に至る全国的な規模で開発事業を展開するようになつた。そして、それとともに、従業員数も急激に増やしていき、資本金も昭和六二年九月には五〇〇〇万円から二億円に、平成元年二月には八億円に、平成二年九月には一〇億円に増資した。さらに、平成元年には、「アクション5」と称する同年三月から平成六年二月までの五か年計画を策定するとともに、平成元年四月に組織改革を行うなど、会社の機構も整えた。

しかしながら、共和の派手な急成長は、自己資金の裏付けがあるものではなく、藤田商事や丸紅やその他の商社等に口銭ないし手数料相当分を取得させて代金先払いをしてもらう取引(いわゆる商社金融取引)、その仕組みを悪用した不正取引、開発予定の不動産を担保にしての銀行、ノンバンク、町金融等からの借入れによつてその運転資金を得、かつ、借入金を増やすことによつて、資金繰りの破綻をしのぐというものであつたので、事業の拡大による経費の増大、借入金等の巨額化による金利等の負担の増大等により、その経営状態は、常に苦しいものであつた。被告人は、共和の経理を担当し、共和の財務担当常務取締役などを務めたDに命じて、共和の各期の決算を粉飾し、赤字が露見しないようにしていたが、共和の和議申請後、Dらがまとめた修正貸借対照表、修正損益計算書などによると、実態としては、昭和六三年二月決算期(昭和六二年度)以降和議申請に至るまで営業損益、営業外損益とも赤字続きであり、赤字の累積額(未処分損失)は、昭和六三年二月決算期で約五八億円、平成元年二月決算期で約二〇〇億円、平成二年二月決算期で約三七一億円、和議申請の時点では実に約五六三億円であつた。

そして、共和は、平成二年一一月二六日にはついに資金繰りがつかなくなり、東京地方裁判所に和議申請をなすに至つたが、和議成立による再起の見込みが立たず、平成三年五月二七日には破産宣告の決定を受けた。

三  判示第一の各犯行に至る経緯

1 八〇パーセント手形払い取引

被告人は、前記贈賄の罪で逮捕され、保釈された後の昭和六二年六月ころ、前記の藤田商事名義の債務の返済や不動産開発事業等に使う資金を得る必要があつたため、丸紅鉄鋼プロジェクト営業部のB部長(当時)、C部長付(当時)に対し、共和と奥村組などゼネコンとの間に丸紅が入り、まず、丸紅が共和に対する発注額(ゼネコンの丸紅に対する発注額から口銭相当額を控除した金額)の八〇パーセントに該る金額を手形で共和に支払い(残額は、ゼネコンから丸紅への代金支払いがあつた後に支払う。)、後日、丸紅がゼネコンからその発注代金の支払いを受ける方式の取引を開始することを申し込むとともに、この取引に、実際の鉄骨製品の発注・納入といつた物流がないにもかかわらず、これがあるように装うためにゼネコン名義の丸紅宛の仮発注書などを偽造して、丸紅に交付し、後日、共和がゼネコン名義で丸紅に右仮発注書記載の発注額の支払いをすることによつてつじつまを合わせるという取引(物流仮装取引)も混在させることの了解を求めた。当時、同部は業績不振により廃部の危機にあつたことから、B、Cらは、右取引により同部の業績を向上させ、廃部の危機を回避したい、また、自らの昇進も果たしたいなどと考えて、右申し込みを承諾した。また、そのころ、Eから、昌亜産業も丸紅及び共和との間でそれぞれ役務協定を締結の上、丸紅発行の右手形の裏書人として昌亜産業が入り、昌亜産業が丸紅と共和からそれぞれ取引額の一・五パーセントの手数料と共和から〇・七パーセントの裏金を取得することが提案され、被告人はこれを承諾した。

それ以降、このような物流仮装取引がその大半を占める八〇パーセント手形払い取引が数多く繰り返された。

そして、アール・アンド・ディーには、昭和六三年六月までに、手数料として一億七八八九万円余り、裏金も一薬月当たり平均一〇〇〇万円が入り、また、後述のようにこの取引が禁止され、本格的水面下取引が開始された後も、被告人とEらとの合意により、昭和六三年七月から平成元年五月までに手数料として一億九四九一万円余り、裏金として一カ月平均一〇〇〇万円余りが入つた。また、その後も、共和の和議申請の直前まで、裏金として月三〇〇〇万円がアール・アンド・ディーに入つた。これらの手数料や裏金は、アール・アンド・ディーの運転資金などになるとともに、B、Cらに対して渡された多額のリベートの原資の一部になつた。

なお、八〇パーセント手形払い取引が行われている間の昭和六三年二月ころには、共和は、昭和六二年度の鉄鋼プロジェクト営業部の決算を黒字にするために、丸紅との間で代行契約を形式上結んで、同部に代行手数料名目で四億七〇〇〇万円の利益を上げさせるなどしている。

2 散発的水面下取引

八〇パーセント手形払い取引が繰り返されるうち、B、C及びこの取引の丸紅鉄鋼プロジェクト営業部側の事務処理を担当していたXは、丸紅の先払い金額があまりにも多額になつてきており(昭和六三年四月は月額二五億二三三四万円、同年五月は月額約四九億〇五三九万円に達した。)、また、ゼネコン名義での共和からの支払いの遅滞が目につくようになつてきたことから、丸紅審査部などからの指摘を恐れ始め、昭和六三年五月ころ、東京都港区浜松町にある泉浜松町ビル四階のアール・アンド・ディー事務所で、被告人、D、Eと善後策を協議した。その席では、先払い金額の減額を望む丸紅関係者に対し、被告人の方は、共和の資金繰り上むしろ先払い額の増額が必要であると主張したため、先払い金額を押さえながら、なお共和の資金繰り上必要な金額を捻出する方法が検討された。結論として、丸紅と共和との間に他の商社など共和に先払いをなし得る会社を介在させ、実際には丸紅の社内手続を全く取らないのに、丸紅内部の正規の社内決裁を経た取引であるかのように装つて丸紅名義の注文書を右会社に作成交付して、右会社をして、丸紅からの正式な注文があり、したがつて、後日信用のある大手商社丸紅から確実に支払いを受けられる取引と誤信させて、右会社から共和に対し、同様の品名の注文をさせるとともに、発注代金(丸紅名義の注文書記載の発注代金額から口銭ないし手数料相当額を控除した金額)の支払いをさせ、後日、共和が右先払いをした会社に丸紅名義で右注文書記載の代金額を支払つて、真相が露見することを防ぐというからくりの取引(以下、この取引を、Cらが用いていた呼称に従つて、「水面下取引」という。)をなすことが決まつた。

そして、前記藤田商事と共和の間に入つて、共和に対して先払いを行つていた岩崎機械工業や飯田産業に対して、被告人らが先払いを要請し、以後、飯田産業などを相手に散発的に水面下取引が敢行されるに至つた。

3 鉄骨取引の禁止と判示第一の各犯行を含む本格的水面下取引の謀議

しかしながら、昭和六三年八月ころ、丸紅社内において、鉄鋼プロジェクト営業部の未成工事支出金勘定による支出額が激増していることが判明したことなどから、丸紅上層部からBやCらに対し、奥村組等ゼネコンからの未回収債権の回収に最優先で取り組むべきこと、今後、同部は新規の国内取引を行つてはならないことが指示され、これにより、それまで行つてきた八〇パーセント手形払い取引の継続が不可能になつた。

右の事態を受けて、被告人、B、C、X、Eらは、同年八月一〇日ころ以降、連日のように、前記アール・アンド・ディーの事務所に集まり、打開策を協議することを繰り返した。Dは、この謀議の場にはほとんどいなかつたが、後日、共和の事務所において、被告人からその内容を知らされ、了承したものである。

右会議の席では、被告人が、共和のそれまでの入手資金の使途状況を説明し、共和が手掛けている不動産開発事業はいずれも大きな果実を生むものであり、将来果実を生むようになれば共和の負債も完済することができるが、現状は資金繰りが逼迫しており、八〇パーセント手形払い取引による丸紅からの資金援助が途絶えると共和の資金繰りがつかなくなりゼネコン名義での丸紅に対する返済もできなくなる旨を訴えた。丸紅側関係者は、共和の資金繰りに窮して、ゼネコン名義での丸紅に対する返済が滞ると、丸紅社内に、これまで八〇パーセント手形払い取引中に潜ませた物流仮装取引が発覚し、その責任を追及されることになると恐れ、これを防ぐべく、被告人とともに、共和の資金繰り上必要な資金を捻出する方法を検討した。その中では、被告人が、開発事業に関して買付証明書を丸紅名義で出して欲しいなどと持ち掛け、Bがこれを断るといつた場面もあつたが、最終的には、右不動産開発事業の成功に希望を託し、それまでの間は、すでに散発的に行つていた水面下取引を継続的かつ本格的に行い、これによつて、共和の資金需要を満たすとともに、共和の丸紅に対するゼネコン名義での支払いを促進し、丸紅の未成工事支出金残高を減らしていくこと、右水面下取引に際しては、丸紅側が丸紅の正規の注文書用紙を共和に渡し、主として共和側で右水面下取引の実行に当たること、介在させる商社などの会社の選択は、被告人ら共和関係者に任せることなどが合意され、判示第一の謀議が整つた。

四  判示第一の各犯行と被害状況

以後、この謀議に従つて、すでに散発的に水面下取引が始まつていた、飯田産業、岩崎機械について、更に継続的に水面下取引が行われるとともに、岡藤商事に対しては、被告人の指示により、当時藤田商事を退職し共和に入社していた前記Uらが、取上の真相は秘して、鉄骨の代金の先払いをしてくれるように持ち掛け、日商岩井に対しては、被告人自身が共和の社員とともに日商岩井関東支店に出向いて、同様の持ち掛けを行い、その後、右両社の責任者や担当者を丸紅の関係者らと引き合わせるなどして、両社から、右取引を行うことの合意を取り付け、以後、右両社との間でも、水面下取引が開始され、以後継続的に行われるようになつた。

水面下取引の実際のやり方は、概ね、CやXら丸紅側関係者が丸紅の注文書用紙を共和側に渡し(平成元年五月ころまでは、アール・アンド・ディーのYらを介して渡した。)、被告人がDに資金繰りの必要に見合つた注文額での発注を指示し、予め注文書の偽造等の事務処理につき、被告人から包括的指示を受けていたDが、共和の他の社員に頼んで、右丸紅の注文書用紙に注文額や適当な工事件名などを記入してもらい、自らがかねて偽造してあつた「丸紅株式会社鉄鋼プロジェクト営業部部長之印」と刻まれた丸印等を押捺して注文書を偽造し、右偽造の注文書を被害会社に送付して(ただし、判示第一の二の2の犯行では、注文書原本の写しをファクシミリで伝送した。)、共和に対する鉄骨製品の購入等の発注とその代金の支払いを申し込み、被害会社から右代金額を振込送金してもらう(ただし、日商岩井関東支店からは手形の交付を受けた。)というものであつた。

判示第一の各犯行は、前記謀議に基づく継続的、本格的に行われた水面下取引の一部をなすものである。

各社の被害状況は次のとおりである。

(1) 岩崎機械について

岩崎機械は、自動制御装置等の製作販売、鉄骨の加工等を営む資本金一八〇〇万円の株式会社である。

岩崎機械は、昭和六三年八月以前の散発的水面下取引を除き、取引回数にして合計一〇回位にわたつて、水面下取引の相手方として、共和に鉄骨製品の販売等の代金の先払いを行つていたものであるが、判示第一の一の犯行は、そのうちの最終回の取引である。岩崎機械のF社長としては、この取引の後も、同様の取引を継続するつもりであつたところ、たまたま、岩崎機械が右先払いをするにあたつて融資を受けていた株式会社千葉銀行が、岩崎機械に対する融資を打ち切つたため、それ以降の取引は行われなくなつたもので、判示第一の一の犯行の被害額約九億一〇三六万円のうち、三億五〇〇〇万円が実害として残つている。

(2) 飯田産業について

飯田産業は、鉄鋼・鉄鋼製品の販売等を営む資本金一億五〇〇〇万円の九州の中堅商社である。

飯田産業は、昭和六三年八月以前の散発的水面下取引を除き、取引回数にして三〇回近くにわたつて、水面下取引の相手方として、共和に代金の先払いを行つていたものであるが、判示第一の二の犯行は、そのうちの最後の六回にわたる取引である。判示第一の二の犯行の被害額は合計で約三四億五七五〇万円になるが、その全額が焦げついて残つたままとなつている。

(3) 岡藤商事について

岡藤商事は、繊維製品等の売買業等を営む資本金約五億四七五〇万円の商社である。

岡藤商事は、昭和六三年一〇月から水面下取引の相手方となり、取引回数にして合計十数回にわたつて、共和の代金の先払いを行つたものであるが、判示第一の三の犯行はそのうちの最終回の取引である。判示第一の三の犯行の被害額は約一億八八八六万円であるが、その全額が実害となつて残つている。

(4) 日商岩井について

日商岩井は、昭和六三年一〇月以降、水面下取引の相手方となり、取引回数にして合計二十数回にわたり、手形による先払いを行つた。判示第一の四の犯行の犯行はそのうちの最後の四回にわたる取引であり、手形額面合計約二三億四一六七万円全額が実害として残つている。

五  判示第二及び第三の犯行状況と判示

第一の犯行等の発覚

1 判示第二の犯行について

前述のように、本格的継続的水面下取引が開始されたものの、共和のゼネコン名義での丸紅への支払いは順調に行われなかつた。そのため、B、Cは、丸紅審査部等から、最も未回収債権額の大きい奥村組について、その支払い予定を明確にした書面(以下、「リスケ」という。)を徴してくるよう指示された。そこで、同人らは、物流仮装取引を行つていたことや、水面下取引を行つていることの発覚を防ぐべく、被告人に奥村組のリスケの偽造を持ち掛けた。被告人は、直ちにこれを承諾し、Cと相談しながら、共和の資金繰り等を検討して返済スケジュールを立て、昭和六三年一一月上旬ころ、Dにも事情を説明して共謀の上、同人に奥村組東京支社取締役副社長支社長名義の記名印と丸印を偽造させ、右偽造にかかる記名印と丸印を使つて被告人自らが右支社長作成名義のリスケを偽造して、Cに渡し、Cらがこれを奥村組の真正なリスケとして、丸紅幹部らに提出して(判示第二の一の犯行)、当面の発覚の危機を脱出した。

その後、平成元年に入り、またしても、共和からの奥村組名義での返済が遅滞する状態が発生し、BやCらは、審査部等から、奥村組からの回収確保を重ねて要請されたため、再び、奥村組の文書の偽造を決意して、これを被告人に持ち掛けた。被告人は、これを承諾し、Cと相談の上、Dとも共謀して、まず、支払い予定の再検討期間の猶予を求める内容の奥村組東京支社取締役副社長支社長作成名義の書面を偽造して、Cに渡し、Cらがこれを丸紅幹部らに提出して(判示第二の二の犯行)、リスケ偽造のための時間を稼ぎ、その間に、共和の資金繰りを検討して返済スケジュールを立てた上、奥村組東京支社取締役副社長支社長作成名義のリスケを再び偽造して、Cに渡し、Cがこれを丸紅幹部らに提出して(判示第二の三の犯行)、丸紅幹部らへの真相の発覚を防いだ。

2 共和と丸紅との債務弁済等契約の締結と水面下取引の継続

このように、一方で、水面下取引を続けて資金繰りを行い、他方では、リスケの偽造などをして、真相の発覚を防ぎながら、共和は、奥村組等のゼネコン名義で、丸紅への返済を続けていたが、被告人は、共和の資金繰りが逼迫して、二度目に偽造した右リスケ上の予定に従つてさえゼネコン名義で返済することが困難な状況にあつたことや右リスケ等の偽造が奥村組に発覚することを恐れたことなどから、丸紅に対し、ゼネコンに対する未回収債権の形になつているものが、実は共和に対する債権であると告げた上で、右リスケ上の返済予定をさらに繰り延べさせようと考え、BやCに事前に相談することもないままに、平成元年六月ころ、後述のように代議士Zを動かして丸紅幹部に対する働き掛けを行わせ、自らも、「お願い書」と題する書面を丸紅側に提出するなどして、昭和六三年八月以降も水面下取引を行つていることなどは秘したまま、S金属総括部長と折衝を重ね、平成元年七月二五日ころ、共和と丸紅間において、右趣旨の債務弁済等契約証書(ただし、同証書には、この契約が丸紅のゼネコンに対する債権に何ら消長をきたすものではない旨の条項も存する。)を取り交わすことに成功した。

しかし、一方で、共和としては、水面下取引をなお継続していかなければ、右契約に基づく債務弁済をしていくことができない状況にあつたことから、被告人は、そのころ、あらためてB、Cの丸紅関係者及びEとの間で、順次、その継続を確認し合い、その後も水面下取引は継続された。

3 判示第三の犯行について

平成二年一〇月ころ、Cは、判示第一の四の被害会社日商岩井の関東支店副支店長Nから、水面下取引により発注した未回収債権について、その支払い予定日等を記載した丸紅から日商岩井宛の「お支払い通知」と題する書面に丸紅の印を押捺するよう要求され、右要求に応じなければそれまでの水面下取引が発覚してしまうと恐れ、被告人、さらに、被告人を介して、Dと、右通知書にかねて偽造し共和で保管していた丸紅鉄鋼プロジェクト営業部部長之印を押捺して偽造することを謀議し、被告人らが右偽造印を共和の若い従業員に指示してCのもとへ届けさせ、Cがこれを右通知書に押捺して、判示第三の犯行を行つた。

4 判示第一の犯行等の発覚

以上のように、被告人らは、水面下取引等の不正が発覚しないように文書偽造等を重ねていたが、結局、平成二年一一月ころ、共和の資金繰りがつかなくなつて、丸紅名義での各社への支払いができなくなり、水面下取引のからくりは、破綻し、被告人らの不正が露見するに至つた。

六  判示第一ないし第三の犯行に関する弁護人の主張について

弁護人は、本件判示第一ないし第三の犯行の遠因は、藤田商事が共和を喰い物にし巨額の負債を共和に背負わせたことにあり、また、判示第一の各犯行における介在商社の被害は、不動産開発に関する丸紅側の約束違反と丸紅の独占的優先的な滞留債権回収の結果として現実化したものであるなどと主張するので、これらの点について、ここで判断を示すこととする。

1 藤田商事との関係について

(1) 藤田商事のUの検察官調書、公判供述など関係証拠によれば、前記二の1のように、昭和五九年ころから、藤田商事の中に鉄鋼プロジェクト室が作られ、共和が同室に入り、被告人が同室室長、他の共和関係者が同室室員の名刺を使用して営業活動を行い、藤田商事として、ゼネコンから鉄骨工事等を受注し、これを共和が藤田商事から注文を受けるという形態の取引を行つており、その際、共和は、藤田商事に手数料相当額を差し引いた鉄骨加工・工事代金の先払いをしてもらつて、下請けへ支払う経費などの資金を得ていたことが認められ、この点については、被告人も、その検察官調書、公判供述で認めており、争いのないところである。

ところで、弁護人は、右の藤田商事と共和の事業協力は、共和が取引主体としての独立性を失い、藤田商事に取り込まれる内容のものであつたと主張している。

しかし、共和と藤田商事が右取引を始めるに当たつてなした合意の詳細については、被告人の公判供述によつても、「藤田商事の一員としてやる。」等というのみで、明確ではないが、右合意当時共和は藤田商事の格別の影響下にあつたわけではなく、共和としての利害得失を計算して右合意をするか否かを独自に決しうる立場にあつたものであり、このようなフリーハンドを持ちながら、企業としての躍進を目指していた共和が自らの存在を否定する弁護人主張のごとき業務協力に合意したとは全く考えられないところである。右の取引の形態に鑑みると、この業務協力により、共和としては、藤田商事の名前を使うことにより、信用が得られ、藤田商事からの先払いを受けることによつて、下請けへ支払う経費などの運転資金を得ることができる(金融の利益)というメリットが見込まれ、藤田商事としては、売上高を計上でき、先払いにより得られる手数料相当分の利益を上げることができるというメリットが見込まれたことから、右各独立した二つの企業がそれぞれの営業に益すると判断して、この協力関係を結んだに過ぎないものと認められる。

なお、被告人は、公判において、共和名義で、九州の工場を買収したのは、藤田商事が将来鉄骨の自社工場を持つために、とりあえず共和に購入させたものであると述べ、弁護人は、これを前記主張を理由付ける一つの根拠として挙げるが、藤田商事の営業の種類、共和東京支店名義での営業の開始の状況、その後の共和の事業展開からすると、被告人がその検察官調書(乙三六、乙一一四)でも述べているとおり、鉄骨製造・加工業へ進出した共和の躍進策の一環として、被告人がかねて念願していた共和の自社工場を取得したものに過ぎないと認められるのであつて、被告人の公判での供述は、措信し得ないのである。

以上からすると、弁護人が主張するように共和と藤田商事との業務協力が、共和の独立性を失わせ、藤田商事に取り込まれるものであつたなどという事実は認めることができない。

(2) 次に、弁護人は、昭和六二年三月ころには、共和が介在商社に支払わなければならない負債の総額が三〇億円ないし四〇億円、藤田商事に対する鉄骨代金の売掛金を引いても、一五億円ないし二〇億円位の赤字を出すことになつたが、これは、藤田商事と協力関係を結んで以降、共和の原価管理や入出金管理も藤田商事が行い、共和には、どの程度共和に利益が上がつているのかわからない仕組みになつていたことから、Vらがこれを奇貨として勝手に共和の鉄骨利益分を食いつぶして第二営業部の他の課の赤字分を補填したこと、また、共和と藤田商事が前記取引を開始するに当たつて、Vらは、藤田商事に共和の資金需要に対応できるだけの取引枠を設けさせるようにする旨約束していたのに、そのための社内手続をとらなかつたため、その後増大した共和の資金需要を藤田商事だけの資金では賄えなくなり、そこで、同人らは、共和にも知らせずに、藤田商事と共和間に介在させた商社等に、物流がないのに物流があるかのように装つた内容虚偽の注文書を発して先払いをさせ、これにより、不足資金の調達をして共和に回すようになり、その結果、本来不要であつたはずの資金調達費用(介在会社等が取得する口銭ないし手数料相当分)が累積してしまつたことに原因するものであり、この一五億円ないし二〇億円位の負債を共和が背負わされたことが、共和がその後丸紅との間で物流仮装取引を含む八〇パーセント手形払い取引などを始める動機になつたと主張している。

しかし、藤田商事が、共和東京支店の原価管理や入出金管理を行つていて、共和にどの程度の利益が上がつているのかわからない仕組みになつていたというような事実を述べるのは、被告人のみであるところ(公判供述及び検察官調書(乙一一四))、被告人自身、早い段階の検察官調書(乙三六)では、そのようなことには触れておらず、また、共和において昭和六〇年四月ころより経理を担当していたDを始め、共和の社員の誰も右のような事実を裏付けるような供述はしていないのである。逆に、藤田商事のUは、公判において、共和と藤田商事は別の会社であり、当初のころはともかく、その後はDなどもおり、共和と藤田商事の経理はきちつと分けて処理していたと供述するのであり、関係証拠によると、共和は、藤田商事以外にも、三井造船、丸紅等とも取引を行うなど、独自の営業活動も行つていたものであること、被告人は、昭和六〇年四月ころには、経理を担当させるためにDを入社させ、その後共和の経理のシステムも整えていること、昭和六〇年一一月ころには、東照ビルに共和の事務所を設け、被告人以下共和の者全員が藤田商事の鉄鋼プロジェクト室を引き払い、以後は、右事務所を本拠として営業活動をしていたことなどの事実も認められ、これらは、共和の会社としての独立性を指し示しており、Uの証言に沿うものと認められるのである。結局、被告人が供述するような事実はなく、Uの述べるところが真相に合致しているものと認められる。

また、Vらが共和の鉄骨利益分を食いつぶして第二営業部の他の課の赤字分を補填したというような事実を述べるのも、被告人のみであるところ、この供述の前提となつている前記供述は信用できないこと、Uは公判で右事実を明確に否定していることなどからして、そのような事実もなかつたと認められるのである。

さらに、藤田商事と共和との間で、両社の間に他の商社等の会社を介在させ、共和に鉄骨工事の代金を先払いさせる取引の中に、物流が伴わない取引が混在していたことは、関係証拠上明らかであるけれども、これを含ませるようになつた経緯が弁護人の主張するようなものであつたことも認められない。すなわち、この点に関する被告人の供述は曖昧なままに終わつているが、Uの公判供述及び検察官調書によると、共和の受注高の増加などについて見込み違いがあつたことから藤田商事と共和との間に先払い商社を入れるという取引を始めたが、その後、取引先のゼネコンの人との話から偶然、共和が物流のない取引を混在させていたことを知り、驚いたが、結局、Vとも相談の上、未だ物流はないが、共和が将来注文の取れそうだという案件については、共和のために、藤田商事の帳簿にも載せず、介在商社に注文書を出してやり、必要資金を得られるようにしてやつたというのであり、Dもその検察官調書において(乙五九)、昭和六〇年一一月ころに、被告人から、実在取引だけでは足りないから、藤田商事との間で、藤田商事の簿外で、架空の工事を使つて商社金融を行う、Uとは話をつけてある旨言われたと供述しており、両社の供述は、簿外で物流のない取引が被告人も承知した上で開始されたとする点で合致しているのである。Dには、あえて被告人に不利な供述をする動機は見当たらず、また、Uの述べる前述のような藤田商事と共和の経理の分別状況からしてVらの方で、被告人が知らないうちに、物流を伴わない取引を混在させることができたとは考えにくいことなども考慮すると、藤田商事の簿外で物流を伴わない取引は、被告人も承知した上で開始されたものであつたと認められる。

そして、D、Uとも、右取引については、これによる利益を享受する共和が、先払いをした介在商社等に藤田商事名義の注文書記載の代金額(先払いをしてもらつた金額に口銭ないし手数料相当額を加えたもの)を藤田商事名義で支払うことになつていた事実を認めているのであり、そうであれば、被告人においても、当然このことを承知していたものと認められる。

してみると、たとえ、右取引を反復した結果、口銭ないし手数料分の支払額がかさみ、これが赤字額の増大につながつたとしても、右は、共和として支払うべきものを支払つた結果生じた事態に過ぎないというべきである。

(3) 以上のとおり、藤田商事と共和の業務協力が、共和の取引主体としての独立性を失わしめるものであつたとか、Vらが、共和の鉄骨利益分を食いつぶして、第二営業部の他の課の赤字分を補填したとか、被告人が承知せぬのにVらが架空取引をして共和の赤字額を増やしたというような事実は認められないから、藤田商事が共和を喰い物にしたなどと評価することはできないのである。

したがつて、この点についての弁護人の主張は採用できない。

2 丸紅との取引について

(1) 被告人は、公判において、昭和六二年五月ころ、E、Cより、丸紅鉄鋼プロジェクト営業部が資金総額五〇〇億円に上る大型不動産開発を計画しているが、社内における正式な決裁が下りるまでの間、共和が丸紅のダミーとして、事業主体となり、丸紅から供給される資金によつて不動産開発に当たつてほしい、このことは、丸紅のトップも知つているなどという趣旨の申し入れがあり、その後、共和と丸紅鉄鋼プロジェクト営業部が、Eも交え、協議した結果、右の旨及び丸紅社内の正式決裁がなされた段階で、開発案件の事業主体を丸紅または昌亜産業へ変更し、開発案件を構成する資産等を共和から丸紅または昌亜産業へ譲渡し、共和にその対価を支払うという形式を取ることによつて、共和と丸紅側との実質的な清算を行うという約束ができ、右約束に基づく丸紅側から共和への資金提供の方法として、物流仮装取引がその大部分を占める八〇パーセント手形払い取引が行われることになつたなどと供述し、弁護人も同旨の主張をしている。

しかし、以下の点に鑑みれば、被告人の右供述は信用できない。

すなわち、もし、被告人が述べるとおりであるとすれば、丸紅側としては、この約束はトップも承知した上でのもので、単なるC、被告人らが結託した不正取引の約束ではないのであるから、未だ実績に乏しく、資金力もなく、しかも経営者が贈賄事件で裁判中というような会社である共和に五〇〇億円もの多額を投下するからには、他の信用力、資金力のある会社の保証を取るなど、清算するまでの間の債権保全のために万全の策を講じておくのが当然と考えられるが、このような保全策は全く取られていないのであり、また、共和としても、不動産開発を進捗させている最中に、丸紅からの資金提供が突然途絶えたりしたら、たちまち共和の経営は成り立たなくなつてしまう危険があるのであるから、右資金提供を確実に行わせるため、念書、覚書の類を丸紅から出してもらつて然るべきであるが、右約束がなされたという当時においてはもとより、その後、八〇パーセント手形払い取引が継続的に行われた際においても、念書、覚書の類を丸紅側から出してもらつたことはないのである。

また、共和の内部においては、そのような約束があつたとすれば、それを秘密にする必要はなく、むしろ、不動産開発事業や資金計画は、この約束を前提になされるのが当然と思われる。しかし、共和の経理を担当していたDは、検察官調書(乙五九)中で、被告人から架空工事を使つた八〇パーセント手形払い取引を開始することを告げられ、奥村組などの会社の印鑑の偽造を命じられたと供述しているのであるが、この取引は、いわゆる商社金融取引の一つとして述べられており、被告人が供述するような約束を前提に八〇パーセント手形払い取引が開始されたとは述べておらず、その後の散発的水面下取引、本格的水面下取引についての供述においても、右のような約束の存在に全く触れていないのである。また、A′、B′ら共和の不動産開発の担当者は、開発案件については、最終的には被告人の指示を仰いで、被告人を頂点とする共和独自の判断で進めていたことを前提とする供述をしており、共和が丸紅のダミーであつたことを窺わせるような供述は全くしていないのである。その他、共和の社員で、被告人が右約束があつたと供述する昭和六二年五月ころ、または、それに近接した時期に、このような約束があつた旨を明確に供述をしている者は全くいないのである。

なお、Bは、昭和六二年ころ、E経由で、被告人から、共和のやつている開発プロジェクトに丸紅から五〇〇億円位の出資をしてもらいたいという持ち掛けを受け、丸紅鉄鋼第二本部長のC′等に内々に話を持つていつたが、共和については、不透明な部分のある会社なので与信の対象にならないなどとして、社長決裁のための稟議に上げるに至らないで潰れ、丸紅はこの件に全然関与しないということになつたと述べ(乙八九)、右C′も、これに沿う供述をしている(甲七五)。しかし、このような出来事があつたとしても、被告人が述べるような約束が締結されたことや、それを前提に八〇パーセント手形払い取引が始まつたことの証拠にはならないのはもちろんであるし、むしろ、丸紅内部で、右約束が正式には全く検討されていなかつたことの証左になるものである。

ところで、平成元年に、被告人がUに清書させて丸紅側に渡した「お願い書」中には、昭和六三年二月ころ、Eを経由して、丸紅側から五〇〇億円の回転必要資金を用意するという回答があつた旨の記載があることが認められるが、この文書は、その作成経緯からして、被告人が、丸紅に対し、自らの責任を追求されずに要求に応じてもらえるようにするために、虚偽を交えている疑いが強く、Uも、その検察官調書(甲六四)中で、この話が事実無根であつたと述べており(この点、同人は、公判においては、昭和六二年二月ころから昭和六三年春ころまでの間に、五〇〇億円の事業の話は、何回か聞いたと思うが、一番はつきり聞いたのは、昭和六三年春ころ被告人から聞いたなどと供述しているが、右検察官調書が、「お願い書」のうち、虚偽の部分を具体的に特定して、断定的に述べているのに比し、曖昧であり、時間の経過、被告人の面前での供述であることなども考慮すると措信できないというべきである。)、右「お願い書」から前記約束の存在を認めることはできない(なお、「お願い書」と被告人の公判供述とを対比すると、丸紅による共和に対する資金提供という話がそもそもいずれの側から持ち掛けられたものなのか、資金提供の趣旨はいかなるものであつたのか、丸紅側が提供する資金額を五〇〇億円と共和に伝えた時期はいつなのかなどの点について重大な食い違いのあることが認められる。被告人が合理的な理由もなくこのような供述を変遷させていることは、それ自体で、この問題に関する被告人の供述の信用性に疑問を投げ掛けるものといえる。)。

また、弁護人が、被告人が供述するような約束があつたことの証左として主張する、昭和六三年三月の共和と丸紅との間の事業協定書の締結及びA′の昌亜産業の取締役就任の事実は、共和、丸紅鉄鋼プロジェクト営業部のB、Cら、昌亜産業との密接ないし癒着した関係を窺わせるものではあるものの、それを越えて、右約束があつたことを示すものであるとは全くいえない。

以上のほか、昭和六三年五月の散発的水面下取引や同年八月の本格的水面下取引の開始の謀議の状況なども考え併せると、八〇パーセント手形払い取引開始の以前に被告人の述べるような約束があり、八〇パーセント手形払い取引は右約束に基づく資金提供の手段であるとする被告人の供述は信用することができない。

一方、C、Bは、右八〇パーセント手形払い取引の開始の経緯について、その検察官調書中(乙二〇、乙八九)で、昭和六二年六月初めころ、被告人が、CとBに対し、不動産開発等の資金繰りのために、鉄骨製品代金の先払いを申し入れ、右取引のなかには物流仮装取引も含まれることを打ち明けたと供述し、Xも、その検察官調書中(甲五一)で、Cから被告人がそのような申し入れをしてきたことを聞かされたと述べている。これらの供述は、同人らにとつては、八〇パーセント手形払い取引開始の時から、すでに物流仮装取引が含まれているということを知つていたという不利益な事実を含むものである上、右いずれの供述も同人らが社内規定に違反するにもかかわらず、この取引を始めるに至つた動機などにも触れながら、具体的かつ詳細に述べられており、かつ、供述相互間の符合も認められ、また、これを前提にすれば、八〇パーセント手形払い取引開始以降の諸経緯も自然な流れとしてよく理解できることを考えれば、信用性は高いと認めることができる。

以上のとおりであつて、八〇パーセント手形払い取引開始に当たつて、丸紅が共和に五〇〇億円の資金提供を約束したというような事実は全く存在せず、したがつて、これあることを前提として、昭和六三年八月に丸紅の取つた八〇パーセント手形払い取引の禁止措置を右約束違反であるとする弁護人の主張は採用できない。

(2) 弁護人は、また、丸紅側は、共和にその丸紅に対する滞留債権を完済すれば当初の約束どおり開発案件を継承し利益等の清算をする旨確約して、共和から優先的独占的に債権を回収し、そのことが本件詐欺の被害の結果を現実化させたと主張する。

しかし、前述のように、丸紅と共和との間に、丸紅が共和に資金提供をし、共和が丸紅のダミーとして、開発事業を行うというような約束はなかつたのであるから、丸紅側が共和に弁護人主張のような確約をしたはずはないし、また、丸紅側が共和に対し共和が他の債権者に対して支払をするのを止めさせたという事実も証拠上全く窺うことができないのである。その上、弁護人の主張する事実が、被告人らの本件に対する責任を軽減する要素となるためには、まずもつて、丸紅の上層部が、被告人らの行つていた水面下取引の存在を知つていたことが必要であると考えられるところ、前述したように、被告人らが、本格的水面下取引の実施を決めたのは、水面下取引を行いながら、丸紅へのゼネコン名義での返済を行つて、それまでに行つてきた物流仮装取引の発覚を防ぐためであり、この当時、丸紅上層部は、水面下取引が行われていることはもちろん、それまでに物流仮装取引が行われていたことも知らなかつたと認められるし、また、平成元年になつて、被告人がZ代議士を介して丸紅上層部に対して働き掛けを行うなどして、債務弁済等契約証書を取り交わした後も、丸紅上層部は、水面下取引の存在を知らなかつたと認められるのである。弁護人のこの点の主張も採用できない。

3 まとめ

以上詳述したとおり、藤田商事が共和を喰い物にしたこともなく、また、丸紅が五〇〇億円の資金提供を約束した事実も、したがつて、この約束を破つた事実もなく、さらに、丸紅が共和から滞留債権を回収したことが不当であつたと考えるべき理由も認められないのである。被告人を藤田商事あるいは丸紅による犠牲者と見るべき事情はないといわなければならない。

七  判示第四の各犯行に至る経緯

1 被告人とTの関係

被告人は、昭和六三年一二月ころ、共和の取締役開発部長をしていたA′の紹介で株式会社五大の代表取締役D′と知り合つたが、平成元年二月中旬ころ、右D′の紹介で、衆議院議員Tと面識を得るようになつた。

Tは、函館市議会議員、北海道議会議員等を経て、昭和四四年一二月、北海道第三区から衆議院議員選挙に初当選し、次回選挙では落選したが、昭和五一年一二月から平成二年二月までの間、六回連続して衆議院議員選挙に当選し、この間、北海道開発庁政務次官、衆議院農林水産委員長等を歴任し、平成元年八月一〇日から平成二年二月二八日までの間、国務大臣・北海道開発庁長官などを務めた者であるが、被告人と知り合つた当時、国務大臣に何とか就任したいと念願していた。

平成元年四月下旬ころ、被告人、A′、D′ら出席の、Tを囲んだ宴会が「まん賀ん」で開かれたが、この席で、被告人は、Tから資金の援助をしてもらいたい旨持ち掛けられた。被告人は、Tが衆議院議員選挙に当時まで六回も当選し、延べ一五年位も国会議員の地位にあり、近いうちには国務大臣になる可能性も高いことなどから、Tに金を渡せば、共和の事業のために便宜を図つてもらえ、共和の利益になるのであろうと考え、Tに資金の援助をすることを決意した。そして、同年五月ころには、前記UをTの私設秘書として出向させ、UにT及びTの紹介にかかる政治家や役人などとの交際費として五〇〇万円までは無決裁で使つてもよいという許可を与えたほか、共和の負担でTらに酒食のもてなしをするようになつた。

ところで、前述のように、当時、被告人は、共和がゼネコン名義で丸紅に支払わなければならない債務の返済に苦慮し、丸紅幹部との話し合いを望んでいたが、Tから紹介を受けたことがあり、丸紅の幹部とのつながりがあると思われた前記Zなら丸紅幹部に働き掛けて問題の解決を図つてもらうことができるだろうと考え、Tを通じてZに丸紅幹部への働き掛けを依頼した。Zは、これを承諾し、E′丸紅会長やF′金属部門統括役員と会い、「共和をよろしく頼む。」「Aの話をよく聞いてやつてくれ。」などと働き掛けを行つた。被告人は、右働き掛けを背景に自らもS金属総括部長と折衝を重ねて、同年七月二五日ころ、前記債務弁済等契約証書を取り交わすことに成功した。

被告人は、Tとの間で、右の件に対する謝礼として、T、Zに合計五〇〇〇万円を贈与することで合意し、平成元年七月上旬ころ、衆議院議員会館のT事務所で、Tに現金三〇〇〇万円を供与し、また、そのころ、同会館のZ事務所で、Uを介して、現金二〇〇〇万円をZに供与した。

また、Tは、同年八月一〇日に国務大臣、北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官に就任したが、被告人は、Tの大臣就任へ向けての根回しのための費用として、同年七月中旬ころ、現金一〇〇〇万円をUをして同会館のT事務所に届けさせ、同年八月九日ころには、現金一〇〇〇万円を自ら同事務所に届けて、それぞれ、Tに贈与している。

2 共和の北海道進出

前記二の3のように、共和は、昭和六二年ころから、不動産開発事業にも進出し、その事業を拡張していたが、被告人は、昭和六三年二月ころ、かねて知り合いであつた北海道在住のG′に北海道の開発案件についての紹介を依頼し、同年五月下旬ころには、G′から開発案件についての説明を聞くため、共和の開発担当者を北海道に派遣してその報告を聞くなどした結果、北海道においても不動産開発事業に乗り出すことを決定した。

そして、同年九月ころ、日本生命札幌ビルに共和札幌営業所が開設され、G′が同営業所所長に就任し、以後、共和の北海道における開発案件についての情報収集を行い、本社の開発部門での企画を承けて、役所との交渉、地元との折衝、土地買収などを行うようになつた。その後、北海道においては、平成元年八月ころ、函館のツインタワービル七階に札幌営業所函館分室、平成二年二月ころには、木古内町に札幌営業所木古内分室が開設され、同年四月には、札幌営業所が札幌支店に、札幌営業所函館分室が函館営業所に、同年夏ころには、札幌営業所木古内分室が木古内営業所に昇格するなど、開発事業を推進するために、北海道における機構が強化されていつた。

3 共和の北海道における不動産開発事業について

共和においては、北海道のいくつかの開発事業の情報を得て本社において検討し、その中で、上磯町リゾート総合開発計画、木古内町総合リゾート開発計画、夕張新工場建設計画は、事業に乗り出すことが決定され、実際に地元との交渉などが実施された。また、共和独自の事業としてではないが、後述する札幌市のホワイトドーム事業についても、共和の取引先の株式会社第一コーポレーション(以下、「第一コーポレーション」という。)を事業主体として参加させ、共和がホワイトドーム建設で使用する鉄骨製作等を受注できるようにと、札幌商工会議所等に対する働き掛けも行つていた。

(1) 上磯町リゾート総合開発計画

上磯町リゾート総合開発計画は、島崎藤村ゆかりの寿楽園という庭園の復元の情報として持ち込まれたもので、平成元年六月中旬ころ、被告人が、現地を視察した結果、寿楽園を復元し、それを中心にゴルフ場、ホテルなどを建設して総合的なリゾートとして開発しようという計画が決定されたものである。

右決定にしたがつて、平成元年六月下旬ころ、共和と寿楽園の所有者である秦愛林株式会社との間で、寿楽園とその周辺の山林を含めた四万坪弱を一億二〇〇〇万円で売却することについての覚書を締結され、同年七月下旬の国土利用計画法に基づく土地売買の届出を受けて、同年九月四日には、北海道知事から同法上の不勧告通知が出され、同年九月一一日ころには、右覚書と同じ条件で正式に売買契約が締結された。そして、同年九月下旬ころには、ゴルフ場予定地の地積図作成や地権者調査等のゴルフ場用地の買収のための下準備作業が始まり、平成二年五月ころから、ゴルフ場用地の地権者から開発の同意を取り付ける作業に入つた。同年六月には寿楽園改修工事の起工式も行われた。ところが、他のゴルフ場を計画する者たちの妨害工作等もあつて、開発の同意の取り付け作業に手間取り、右作業を進めている途中で、同年一一月、共和の和議申請により計画は挫折した。

(2) 木古内町総合リゾート開発計画

木古内町総合リゾート開発計画は、平成元年八月ころ、木古内町からの要望をきつかけに始まつたもので、平成二年二月、木古内町と共和との間で、覚書が調印され、同年三月末には、第三セクター設立準備委員会が開かれ、その後の委員会で開発場所の変更などが合意された後、同年九月末には、木古内町議会で第三セクター設立が議決されて第三セクター設立に向け具体的な作業が開始され、同年一一月初めには、共和の木古内営業所の開設披露パーティーも開かれたが、やはり共和の和議申請によつて挫折した。

(3) 夕張新工場建設計画

夕張新工場建設計画は、夕張市から申し入れを受けて、平成元年一月に、共和が、北海道内の鉄骨の需要に応じ、さらには、ホワイトドーム関係の鉄骨を共和が受注できた場合に重量鉄骨を製造する拠点とするため、同市に鉄骨製造の新工場を建設することを決定したものであり、同年六月には、夕張市長も出席して、進出協定式を行い、工場進出に関する協定書に調印して、同年九月ころには、夕張分室も開設されたが、共和の和議申請によつて、やはり中途で挫折した。

4 判示第四の各犯行に関係する国等の事業について

(1) 函館・江差自動車道整備事業について

自動車専用道路である函館・江差自動車道は、昭和六二年六月三〇日に閣議決定された第四次全国総合開発計画で整備が必要とされた全国一万四〇〇〇キロメートルに及ぶ高規格幹線道路網の一部であり、昭和六三年六月一四日北海道開発法二条に基づき、閣議決定された第五期北海道総合開発計画においても整備推進が盛り込まれ、右開発計画に基づく事業の一つに位置付けられている。

自動車専用道路の整備事業は、国の公共事業として、北海道開発庁において、大蔵省に所要の予算を要求して同庁予算に計上し、その執行に際しては、これを建設省所管の道路整備特別会計に移管した上、北海道開発局において建設大臣の指揮・監督の下に右事業を実施し、北海道開発庁は、右事業の実施に関する事務の調整及び推進の事務を所掌することとされている。事業の実施の手順としては、北海道開発局において、所要の調整を行つて暫定の路線図を作成し、これをもとに関係地方公共団体と協議した上、新設予定箇所を内定し、これに基づき縮尺五万分の一の路線図や二五〇〇分の一の路線図等を作成した上、環境アセスメント手続において五万分の一の路線図を一般の縦覧に供する。同局では、これらの作業の過程で、必要に応じ、各種の路線図を作成するが、これら路線図が早くから外部に漏れると、土地の買い占めを招いたりして事業の円滑な実施に障害をもたらす恐れがあることから、環境アセスメント手続前はすべての路線図につき、右手続後は、一般の縦覧に供したものより詳細な路線図につき、部外に漏洩しないようその取扱には慎重を期している。

函館・江差自動車道整備事業については、第四次全国総合開発計画の閣議決定を受けて、北海道開発局において、五万分の一の縮尺の地図に道路の予定線、比較線を引いたものが作成され、全区間の検討が開始された。そして、このうち、まず、函館・木古内間について作業を進めることになり、同局函館開発建設部において、昭和六三年七月ころより、二万五〇〇〇分の一の暫定の路線図を作成して、これをもとに関係自治体との協議に入つた。その後、右区間のうちの、函館・茂辺地間については、平成元年六月までには、関係自治体との協議が整い、この区間の路線が内定し、同年八月ころから、北海道開発局は、環境アセスメントの手続に入つた。一方、右作業の進捗に合わせ、北海道開発庁では、同区間について、大蔵省に対し、右道路整備事業のための必要経費である測量・設計費を含めて平成二年度予算の概算要求を行い、これが認められ、右区間については事業化の段階に入つた。

しかし、共和が開発計画を有していた寿楽園周辺を通過する可能性のある茂辺地・木古内間については、関係自治体である上磯町及び木古内町と協議が続けられてきたものの、上磯町内のトラピスト修道院付近の路線の選定につき同修道院との調整が難航しているため、完全な協議成立に至つておらず、未だ路線は内定していない状態にある。

(2) ホワイトドーム建設事業について

札幌市においては、昭和六二年ころから、札幌市商工会議所等民間を中心として、全天候型多目的スポーツ施設(通称ホワイトドーム)の建設構想が持ち上がり、右構想は、昭和六三年三月札幌市策定にかかる第三次札幌市長期総合計画に盛り込まれ、前記の第五期北海道総合開発計画においても、これは、同開発計画に基づく事業の一部として位置付けられている。

札幌商工会議所は、右構想の実現に向け、札幌市と連携を保ちながら、同ドーム推進会議の設立準備を進め、昭和六三年一二月下旬、札幌商工会議所内に事務局を置き、地元有志企業を会員とする法人格のない団体である同会議が設立された。

札幌市は、ホワイトドームの建設と運営は市の単独事業で行うよりは第三セクター方式で行うのが相当との検討結果を踏まえ、同会議に市の意向を反映させて同事業の円滑な推進を図る観点から、右ホワイトドーム推進会議に積極的に参加することとし、幹部職員を同会議の役員及び専門家委員会委員として送り込むとともに、企画調整局内にホワイトドーム建設事業計画を専属的に担当する職員を置いた。

また、同事業が前記のとおり第五期北海道総合開発計画に基づく事業の一部として位置付けられ、北海道開発局の所掌事務に含まれるところから、同会議の委嘱を受けて、北海道開発局長が同会議顧問に就任し、同局開発調整課長がアドバイザーとして同会議に参加した。

同会議は、右設立以降、四つの専門委員会で調査・研究を行い、平成元年五月、中間報告書を、平成二年四月、提案書をそれぞれ取りまとめ、札幌市及び北海道等に提出した。

また、この間、札幌市企画調整局においても、水面下で独自の調査が行われ、内部的な報告書も作られた。

これらによれば、ホワイトドーム建設事業は、札幌市、北海道及び北海道東北開発公庫並びに民間企業の出資する第三セクターによつて、周辺の公共基盤整備のための公共事業と密接不可分に実施するものとされている。

ところで、同会議は、ホワイトドームの建設場所についても、検討を行つてきたが、結局これを一つに絞るまでには至らなかつた。また、札幌市でも、企画調整局の調査結果や同会議の提案書などを踏まえて、同ドームの建設場所や建設時期等について検討を続けてきたが、その後、市長が交替したことの影響などもあつて、右作業は中断した。

なお、平成元年から翌二年にかけて、札幌市の担当職員及び右推進委員会のメンバーなどが、数回にわたり、北海道開発庁に出向き、右計画の報告をするとともに、同庁に対してホワイトドームの周辺基盤整備事業のための公共事業費の予算要求及び計上並びに北海道開発公庫によるホワイトドームの建設・運営のための出資及び融資に関する力添え等の陳情を行つた。

八  Tの北海道開発庁長官としての職務権限

1 北海道開発庁の所掌事務

北海道開発庁は、北海道開発法五条一項に基づき、同法二条に基づいて国が樹立する北海道総合開発計画についての調査及び立案並びに同計画に基づく事業の実施に関する事務の調整及び推進(同項一号)、北海道東北開発公庫の監督(同項二号)等の事務を所掌しているが、これに加え、同項一号を踏まえた昭和二五年二月一〇日及び同年七月二一日の閣議決定に基づき、北海道総合開発計画に基づく各種の公共事業予算(開発事業予算)を同庁予算として一括要求・計上し、執行に際しては、同局の調整に従つて、事業の実施を所管する各省に移し替えまたは繰り入れをするものとされている。

2 北海道開発庁長官の職務権限

北海道開発庁長官は、北海道開発庁の長として、北海道開発庁の所掌事務を統括し、職員の服務について統督する(国家行政組織法一〇条)などの職務権限を有するが、北海道開発庁長官たるTの職務権限を、本件に則して具体的に見てみると、以下のとおりである。

(1) 北海道開発庁長官は、北海道開発庁の長として、北海道総合開発計画についての調査、同計画に基づく事業の実施に関する事務の調整及び推進、開発事業予算の一括要求・計上の各事務を処理するため、北海道総合開発計画に基づく事業を実施する北海道開発局並びに北海道及び札幌市等の地方公共団体等から事業の計画及び実施状況に関する各種の情報の提供を受ける職務権限を有する。

前記函館・江差自動車道整備事業及びホワイトドーム建設事業は、第五期北海道総合開発計画に基づく事業であつたのであるから、北海道開発局から、新設予定箇所、すなわち、予定ルートに関する路線図等未公表の情報を入手すること、札幌市、札幌商工会議所またはホワイトドーム推進会議から、ホワイトドームの建設予定場所、時期等に関する未公表の情報を入手することは、北海道開発庁長官たるTの職務権限に含まれていた。

そして、北海道開発庁長官たるTは、北海道総合開発計画に基づく事業の実施の推進事務を所掌する北海道開発庁の長として、右のような未公表情報を部外に漏洩しないように取り扱うべき職務を有していた。

(2) 北海道開発庁長官たるTは、北海道開発庁の長として、北海道総合開発計画に基づく事業の実施に関する事務の調整及び推進の事務を処理するため、必要に応じ、同計画に含まれる事業計画を推進している地方公共団体等に対して、事業の実施主体となるべき第三セクターへの出資企業等の募集及び関連工事施工業者の選択等を含む各種の事項につき、指導・助言する権限を有しており、前記ホワイトドーム建設事業計画の推進主体である札幌市等に対し、ホワイトドーム建設事業の実施主体となる第三セクターに特定の企業を出資企業として参加させ、また、関連事業の鉄骨工事等を特定の企業に発注するよう働き掛けることは、右の職務権限に含まれていた。

(3) 北海道東北開発公庫の主務大臣は、内閣総理大臣及び大蔵大臣とされ(北海道東北開発公庫法三六条)、主務大臣は、役員の任命及び解任(同法一〇条、三四条)のほか、業務に関する各種の監督権限(同法三三条)を有するところ、北海道開発庁長官は、北海道開発法五条一項二号に基づき、これらの公庫に対する内閣総理大臣の権限の行使について補佐する職務権限を有しており、かつ、右権限の行使については、昭和四八年七月七日付け総理府通知により、役員の任命及び解任の権限を除き、北海道開発庁長官が専決処理することとされている。

したがつて、北海道開発庁長官たるTは、右職務権限に基づき、同公庫の貸付業務等業務全般に対して監督権限を行使することができ、また、右権限を背景とする行政指導として、北海道東北開発公庫に対し、個々の融資事務に関し、適宜の指導及び助言をする職務権限も有していた。

九  判示第四の各犯行について

1 判示第四の一の犯行について

被告人は、寿楽園視察の際などに、寿楽園周辺を高規格幹線道路(函館・江差自動車道)が通過することが予定されていることを聞き込んで、右道路の通過位置は、ゴルフ場の設計をする上で問題となつてくる上、右道路の正確な通過位置が公表前に分かれば、共和において、予め予定地を買収して地価の値上がり等によつて利益を上げることができることから、右通過位置に関する情報を公表前に入手したいと考えていた。

そこで、被告人は、前述のZへの依頼の関係で現金三〇〇〇万円をTに渡したころ、Tに対し、右道路の計画の状況について尋ね、上磯町から江差までの間の路線は未定であることを知つた。そして、右道路の通過予定の市町村がTの選出選挙区であることから、Tならば、路線が決まれば、その情報や資料を極秘に入手することが可能であろうと考え、Tに対し、その路線や通過位置の内報を依頼していた。

平成元年八月一〇日、Tが国務大臣・北海道開発庁長官に就任すると、被告人は、北海道開発庁長官の権限をもつてすれば、右道路の路線図等を公表前に手にいれることが可能であろうと考え、そのころ、赤坂の料亭「千代新」において、Tの右大臣就任を祝つて開いた祝宴の席で、Tに対して、右道路について、茂辺地・江差間の正確な路線や通過場所を内報してくれるよう請託し、Tはこれを承諾した。

その後、被告人は、Tから大臣としての守秘義務に反して右道路の情報を内報してもらうためには、さらにTに金を渡すことが必要であると考え、同月下旬ころ、料亭「まん賀ん」でTを招いての宴会を開いた席で、右の点について重ねて請託するとともに、右請託事項を実行してもらう見返りとして現金二〇〇〇万円を供与した。

2 判示第四の二の犯行について

(1) 被告人は、1記載のとおり、Tの国務大臣・北海道開発庁長官に就任した直後の平成元年八月一〇日ころから、函館・江差自動車道の寿楽園の周辺における新設予定箇所を内報されたい旨の請託をしてきたが、Tに1記載の二〇〇〇万円を贈賄した直後の同年八月下旬ころ、料亭「まん賀ん」でTを接待した際にも、さらに右同様の請託をした。

(2) 被告人は、平成元年九月中旬から下旬ころ、「まん賀ん」でTを接待した際に、Tから札幌市において、前記ホワイトドーム計画があることを聞かされ、ホワイトドームに関して、鉄骨の製作・供給および工事の受注をすることができれば、共和に相当の利益が得られる上、その建設予定場所があらかじめ分かれば、その予定地や周辺の土地の買収等によつても利益を得ることができると考え、共和の資金力だけでは対応が困難なため、共和とつながりのある第一コーポレーションを右事業に参入させ、同社を通して、共和がホワイトドームの建設及びその周辺の公共基盤整備に伴う公共事業の鉄骨工事等の注文を受けようと企図し、A′らに、第一コーポレーションとの交渉をさせたところ、好意的な返答を得た。

そこで、被告人は、Tに対し、北海道開発庁長官の権限に基づき、ホワイトドームの件についても、共和の利益を図つてもらおうと考え、同年一〇月中旬ころ、北海道開発庁長官室を尋ね、Tに対し、ホワイトドームの建設予定場所と時期等について内報してくれること及び札幌市や札幌商工会議所などに根回しをして、第一コーポレーションがホワイトドームの建設・運営の事業主体として参画でき、さらに、共和がホワイトドームの建設で使用する鉄骨の製作・供給及び工事や公共基盤整備に伴う公共事業の鉄骨工事等が受注できるよう取り計らつてくれることを請託し、Tはこれらを承諾した。

その後、やはり同年一〇月中旬ころ、被告人は、赤坂の料亭「川崎」において、被告人、共和のA′、第一コーポレーションの幹部ら及びTが参加した宴会を開き、重ねて同内容の請託を行つた。

なお、Tは、同年一二月下旬ころから、数回に渡り、札幌商工会議所のH′専務理事のところへ赴き、ホワイトドーム建設計画の進捗状況を尋ねたり、共和のA′や第一コーポレーションの担当者らを右H′に引き合わせたり、ホワイトドーム建設に関して共和や第一コーポレーションをよろしく頼むと申し入れたりしている。

(3) 被告人は、平成元年八月下旬ころ、寿楽園の復元等に関し、北海道東北開発公庫から低利で融資を受けたいと考えて、Tを料亭「まん賀ん」で接待した際にこの点を話題にしたことがあつたが、その後、上磯町リゾート総合開発事業の全体について、同公庫から融資を受けたいと考えて、同年一〇月中旬ないし下旬ころ、やはりTを「まん賀ん」で接待した際、Tに対して、共和が右開発事業に関して同公庫に融資を申し込んだ際には、出来るだけ早く審査して、融通をきかせて融資をしてくれるように同公庫に働き掛けてもらいたいなどと請託し、Tの承諾を得た。

(4) ところで、右の話し合いがあつた後、同じ席で、被告人に対し、Tから、事務所の経費等資金が苦しいという説明がなされ、それまで被告人がTに請託してきた事項の全て、すなわち、函館・江差自動車道の上磯町周辺における新設予定箇所に関する情報の内報、ホワイトドームの建設予定場所等に関する情報の内報、同ドーム建設事業への第一コーポレーションの参加と共和の関連工事等の受注の実現に向けた札幌市及び札幌商工会議所への働き掛け、共和からの上磯町リゾート総合開発事業に関しての北海道東北開発公庫に対する融資申請につき同公庫が共和のために便宜な取り計らいをするようにさせるための同公庫に対する働き掛けにつき、生命を賭してこれを実行するので、その見返りとして、次の選挙に向けての地盤固めのために必要な東京や地元の事務所の経費の不足分と前回及び前々回の選挙時の借金の返済資金を出して欲しいとの要請がなされた。

右要請を受けた被告人は、右請託事項実行の見返りとして、Tにさらに資金の援助をすることを決意し、右請託事項の実行方につき念押しをした上、右要請を承諾した。

そして、Tが、後日、全額でどれくらい必要かの必要資金の資料を渡すが、とりあえず、五〇〇万円が必要なので緊急に用立ててくれないかと言うので、被告人は、同年一〇月末ころ、「まん賀ん」において、Tに対し、現金五〇〇万円を手渡した(判示第四の二別表(3)番号1)。

(5) 被告人は、その数日後、赤坂のキャピトル東急の一室で、Tから手書きの事務所経費、借金の明細書などを見せられ、先に渡した五〇〇万円を含めて計三〇〇〇万円を一一月中に、一二月及び翌年一月に各一五〇〇万円を渡して欲しいと、合計六〇〇〇万円の援助を要請された。そこで、被告人は、これまでに被告人がTにした請託事項全部を実行してくれるよう重ねて依頼した上、Tの要請を了承した。

その後、被告人は、右約束に基づき、判示第四の二別表(3)の番号2から5のとおりの日時、場所において、合計五五〇〇万円の現金をTに手渡し、前記五〇〇万円と併せ、合計六〇〇〇万円の現金を贈賄した。

被告人は、平成元年一二月中旬と、翌二年一月二〇日にそれぞれ現金一五〇〇万円を渡した際にも、重ねて前記と同旨の請託を行つている。

3 判示第四の三の犯行について

被告人は平成元年七月中旬ころ、料亭「まん賀ん」で、Tから、妻名義で所有する東京都渋谷区渋谷のIマンション六〇五号室が老朽化したので、私設秘書のJ′子に内装工事の手配をさせている旨聞かされ、J′子に内装業者を紹介するなどしていたところ、Tが北海道開発庁長官に就任した後の同年八月下旬ないし九月上旬ころ、料亭「まん賀ん」において、Tを接待した際、同人から右マンションの内装工事代金約七〇〇万円に家具等の購入代金を含めて、一〇〇〇万円を供与してもらいたい旨要請された。

被告人は、前記1のとおり、Tに対して、高規格幹線道路の茂辺地・江差間の路線や通過場所を内報してくれるよう請託をし、その見返りとして現金二〇〇〇万円を供与していたことから、Tの右要請は、右報酬の追加要求であると考え、その場で、同人に対し、現金一〇〇〇万円の供与を約束した。

被告人は、右内装工事は、共和とは関係なく行つてもらい、内装工事が完成し、Tのところへ工事代金の請求が来た段階で一〇〇〇万円を供与するつもりでいたところ、同年一〇月初旬ないし中旬ころ、Tから電話で「マンションの工事が遅れているが、Aさんに頼まれたことは精一杯やるから、私が頼んだことも一生懸命やつてよ。」という趣旨の催促を受けたため、共和で内装工事を行うことにしたが、ただで工事をやつたのでは、Tと共和との癒着が明らかになつてしまうことから、右工事代金は、Tから正規に支払つてもらい、一〇〇〇万円は約束通り現金で供与することにした。

そこで、被告人は、そのころ、共和の建設部に右内装工事の実施を指示し、同工事は同年末ころ完成した。

そして、被告人は、平成二年一月下旬ころ、共和の常務取締役K′に封筒入りの現金一〇〇〇万円を議員会館のT事務所に持参させてJ′子に渡させ、Tに約束の現金一〇〇〇万円を供与した。

被告人は、右一〇〇〇万円を、平成元年八月一一日ころ以降右供与時までTに請託してきた事項を実行してもらう見返りの趣旨で供与したものであり、Tもこのことを十分承知していた。

その後、Tからの共和に対する内装工事代金の支払いはなされていない。

なお、被告人が判示第四の各犯行においてTに対して賄賂として提供した現金は、いずれも、被告人が、Dに共和から被告人個人への貸付金または仮払金の名目で経理処理させて、引き出したものが原資となつている。

一〇  共和からTへのその他の資金提供等について

被告人は、Tの大臣就任直後の、平成元年八月ころ、料亭「まん賀ん」及び「千代新」において、Tが北海道開発庁の関係者やマスコミ関係者らを招いて開いた四回の宴席の費用合計約二五〇万円余りを、共和において負担し、また、前記のように、Uを秘書として派遣したほか、平成元年秋以降、T事務所の複数の秘書の給料も負担していたものである。さらに、平成二年二月の衆議院議員選挙に際しては、被告人は、Tを当選させるべく、共和札幌営業所及び同営業所函館分室の従業員をTのために選挙運動に従事させたほか、Tが選挙民にアピールするため、有名スポーツ選手とTとの、ホワイトドーム建設を話題にする対談を実現させるなどしており、平成二年二月以降もTの函館事務所等の経費として、毎月一〇〇〇万円から一五〇〇万円程度を負担していた。

このように、被告人は、Tに判示第四の各賄賂を供与した他にも、Tに対して資金提供するなど、さまざまな形で援助をしていたものである。

第二  量刑上特に考慮した事情

当裁判所は、第一で述べた経緯、概要を踏まえ、本件審理に現れた一切の事情を総合考慮して、被告人を主文の実刑に処するのを相当と認めたが、量刑に当たり、当裁判所が特に考慮した事情は、以下のとおりである。

一  判示第一ないし第三の犯行について

判示第一ないし第三の各犯行は、被告人らが共謀の上、反復継続して行つていたいわゆる商社金融取引の仕組みを悪用した水面下取引の一環として、丸紅名義の注文書を偽造・行使するなどして商社など四社から巨額の金員を騙し取り、また、右水面下取引及びこれに先行して行つていた八〇パーセント手形払い取引中の物流仮装取引の発覚を防ぐため、奥村組東京支社及び丸紅作成名義の文書を順次、偽造・行使したというものである。

1 判示第一の犯行について

判示第一の犯行により、被害会社四社の受けた被害額は、岩崎機械が約九億一〇三六万円、飯田産業が約三四億五七五〇万円、岡藤商事が約一億八八八六万円、日商岩井が約二三億四一六七万円、四社合計で約六八億九八四〇万円であつて、これは商取引関連の詐欺事犯としても、過去にその例を見たことがないような巨額であり、しかも、岩崎機械を除く三社については、その巨額の被害は、全く填補されておらず、岩崎機械についても、事後に共和名義で一部返済されたものの、なお三億五〇〇〇万円が実害として残つたままになつている。

そして、その結果、飯田産業は、破産の憂き目に会い、同社の役員、社員、それらの家族、さらに同社の債権者等多数の者が多大な精神的苦痛、経済的不利益を被つており、飯田産業以外の各社についても、倒産の危機に瀕する(岩崎機械)など、その経営上少なからぬ悪影響を受けたほか、取引責任者が降格処分を受ける(日商岩井)など、多数の関係者に多大の苦痛、不利益を強いたのである。本件犯行による直接・間接の被害は甚大というほかない。なお、弁護人は、各被害会社は、それぞれ、本件犯行に先行する取引において、口銭ないし手数料相当額を得ており、これらを本件被害金額から差し引けば、実害は四五億円程度まで減少するというが、これらの口銭ないし手数料相当額は、それぞれの取引において、各社が先払いにより共和に資金を使わせる見返りとして契約上当然取得できる正当な利益であつたのであるから、たとえこれらの累計額が相当多額になつているとしても、量刑上大きな比重を持つ事項と考えることはできない。

また、判示第一の犯行は、丸紅の現職の幹部社員らが関与して、丸紅という大手商社の絶大な信用力を悪用し、丸紅の正規の注文書用紙や偽造した鉄鋼プロジェクト営業部部長印等を用いて丸紅作成名義の注文書を巧みに偽造して行使するなどし、金員を騙し取つたものであつて、その態様は組織的・計画的・巧妙で、甚だ悪質といわなければならない。

このように、丸紅の現職の幹部社員らが関与していること、巧みに偽造された丸紅作成名義の注文書が利用されていることなどから考えると、各被害会社が丸紅の関与しない取引であることを看破できなかつたのも無理からぬところであり、丸紅の正規の取引と信じて取引に応じた各被害会社に格別落ち度があつたということはできない。

2 判示第二及び第三の犯行について

判示第二の犯行は、八〇パーセント手形払い取引に潜ませてある物流仮装取引の発覚、ひいて水面下取引の発覚を防ごうとの動機から敢行されたものである。その犯行態様は、奥村組東京支社長の記名印及び丸印を偽造して、次々と判示の文書を偽造し、それを堂々と丸紅に提出するという大胆かつ悪質なものである。これらの犯行により、奥村組の文書の信用性が害されたのみならず、丸紅・奥村組間に紛議を生じさせたことも認められる。また、奥村組の共和担当であつたL′は、右紛議が生じた後、会社に居づらくなつて、平成二年奥村組を退社するに至つていることが窺える。

また、判示第三の犯行は、水面下取引の発覚を防ぐために敢行されたもので、これにより、丸紅の文書の信用性が害されたほか、判示第一の四の犯行と合わせて関係者に多大の苦痛、不利益を被らせている。

3 被告人の役割

被告人は、判示第一ないし第三の各犯行へ至るきつかけになつた物流仮装取引を含む八〇パーセント手形払い取引に関して、B、Cらにこれを提言して、同人らを誘い入れ、昭和六三年五月ころの散発的水面下取引の開始を決めた謀議においても、取引の縮小を要請する同人らに対して、共和の資金需要を訴えて、結果として散発的水面下取引の開始を決断させ、さらに、同年八月ころの本格的水面下取引の謀議のなかでも、あくまで共和の資金需要を強調する一方、将来の不動産開発事業の成功などについての楽観的な見通しを述べて、それ以前の物流仮装取引などの社内規定違反の発覚を恐れるB、Cらに水面下取引の本格的継続的遂行の決断をさせ、右謀議の成立を推進したものである。被告人は、本格的水面下取引の謀議に至る間及び右謀議において、終始主導的かつ積極的に動いていたといえる。

また、被告人は、本格的水面下取引の実行においても、自らまたは共和の社員に指示して、岡藤商事及び日商岩井関東支店と交渉し、両社を騙して水面下取引の相手方となることを承諾させたり、注文書の偽造等、被害各社との水面下取引を行つていく上で必要となる諸般の事務処理を共和の経理を担当していたDをして行わしめるなど、重要な役割を担つたものである。

さらに、判示第二及び第三の犯行においても、Cらから奥村組及び丸紅名義の文書の偽造の申し入れをうけるやこれを承諾し、前者の犯行においては、Cとともに、支払いスケジュールを検討し、また、偽造する文書の名義人を奥村組の真正文書を参考にして検討した上、Dに奥村組東京支社長の印鑑を偽造させ、自らこれを冒用して文書を偽造しており、後者の犯行においても、Cの申し入れを受けて、丸紅鉄鋼プロジェクト営業部部長の丸印を届けさせている。

そして、水面下取引等により取得した金員の大部分を被告人は共和の運転資金として利用していたのであり、そのほか、被告人は、アール・アンド・ディーのEを介するなどして、B、Cらに多額のリベートを供与し続けて同人らの協力を確保していたことも認められるのである。

以上に照らせば、被告人が、本件において、主導的・中心的役割を果たしたものであることは明らかである。

なお、本件において、丸紅の社員であつた、B、Cらの存在が不可欠であつたこと、被告人は右B、Cら丸紅側関係者やアール・アンド・ディーのEに対して指示命令できる立場にはなく、これらの者はそれぞれ自らの思惑と判断で本件への関与を始め、かつ、これを続けてきたものであることなどの事情も存するが、これらの事情は、被告人が本件において主導的・中心的役割を果たしたと評価することの妨げになるものではない。

4 被告人の動機等

被告人は、共和を急成長させるため、共和の実力に見合わない無謀ともいえる積極的な事業展開を試み、そのために膨張する共和の資金需要を満たすため、藤田商事の関係者の協力のもとに、商社金融取引を悪用した不正取引を繰り返したのを手始めに、その後、丸紅関係者と結託して、やはり商社金融取引を悪用して、物流仮装取引を潜ませた八〇パーセント手形払い取引を繰り返し、取引額や支払い遅滞額が増大してくるや、右不正の発覚を慮つて散発的水面下取引を始め、さらに八〇パーセント手形払い取引が禁止されるや、水面下取引を継続的本格的に行つて、その一環たる本件詐欺取引にも及んだものである。被告人は、不正取引による資金調達を五年もの長きにわたつて、いわば共和の重要な営業として繰り返し行い、その間、このような商法を反省して是正しようとするどころか、不正の露見を防ぐために新たな調達方法を取り入れるなどその継続に終始積極的な意思を有していたものである。本件は、被告人の手段を選ばないあくなき事業拡大欲が引き起こした甚だ利己的で身勝手極まる行為というべきであつて、その動機、原因に格別同情すべき点はない。大企業に成り上がるため、なりふり構わぬ経営をして、結局、前記のように被害会社やその関係者に甚大な被害を被らせた被告人の責任は重大というべきである。

なお、弁護人は、共和が倒産したのは、丸紅側において、共和が丸紅に対する滞留債権を完済すれば開発案件を継承し利益等の清算をする旨約束したのにこの約束を実行しなかつたこと、共和が開発したゴルフコースの理事長就任を約束していた元総理大臣M′がその約束を破つたことなどの予期せぬ外部的要因の生起によるものであり、これらの外部的要因さえなければ、共和は倒産せずに事業経営を継続して、そう遠くない将来において開発案件による莫大な利益も享受できたのであり、そうなつた暁には、水面下取引を行つて被害会社から金を引き出す必要もなくなり、したがつて、本件で被害各社に与えた損害も与えずに済んだはずである、被告人としては水面下取引中にこれが破綻して被害各社に実害が出ることは予期していなかつたし、また、その現実的可能性も小さかつたものであると主張するが、第一で述べたところからも明らかなように、被告人の経営姿勢は、投機的、かつ、放漫で、堅実さを著しく欠いており、そのために、共和は資金繰りを悪化させ赤字を累積させて、自転車操業的状態に陥り、ついに倒産の事態を迎えたのであつて、共和の倒産、さらにこれによる水面下取引の破綻は、その経営者である被告人自らが招いたもので、決して予期せぬ外部的要因(なお、弁護人主張の、丸紅が、共和に対して滞留債権を完済すれば開発案件を継承し利益等の清算をすると約束した事実が存在しなかつたことは既述のとおりである。)によるものということはできないのである。そして、そうである以上、被告人としても、共和の倒産、水面下取引の破綻、これによる実害の発生を希望してはいなかつたであろうが、その有り得ることを予測できなかつたなどとは到底考えられないのである。

5 その他

被告人は、不正取引で資金を調達するなど手段を選ばぬ経営をしていたとはいえ、共和は、一時的には鉄骨生産量で日本一を達成し、四〇〇人もの人間を雇用し、その家族や下請け、下請けの家族等を含めれば、数多くの人の生活を支えたこともあるのであつて、共和経営により、それなりの社会的貢献もしてきたことが認められる。

また、共和の破産手続の進行により、今後、被害各社が若干なりとも被害弁償を受けられる可能性も絶無とはいえない。

被告人は、判示第一ないし第三の犯行の原因等につきやや責任転嫁的な言動もしているが、犯行そのものについては捜査段階以来終始率直に認めており、それなりに反省している様子が窺える。

二  判示第四の犯行について

1 判示第四の犯行は、被告人が、共和が当時進めていた北海道における開発事業で巨利を得ることをもくろみ、当時国務大臣・北海道開発庁長官の地位にあつたTに具体的な請託をした上で合計九〇〇〇万円もの現金を賄賂として供与したというものである。

北海道開発庁長官は、国務大臣をもつて充てる国家行政の中枢を担う重要ポストであつて、国家社会に重要な影響を及ぼしうる強大な権限を有し、それ故にまた、職務の公正を保つことが最高度に要求されているのであるが、被告人は、かかる立場にあつたTとの間で贈収賄行為を行つたのであつて、これにより、北海道開発行政の公正に対する国民の信頼のみならず、他の国家行政の公正に対する国民の信頼も著しく失墜させたのである。また、本件が国民の政治不信に火を付け、国民の間に、政治には何も期待できないし、期待しないという政治離れの風潮を引き起こしたのも看過し得ない点である。

2 被告人の本件犯行は、五か月余りの長期にわたり執拗に請託行為を重ねた上、Tが請託事項を実行する見返りとして、七回にわたり合計九〇〇〇万円もの多額をTに贈賄したものであり、右の請託の執拗性、供与回数、供与額等に照らせば、被告人のTをして共和のために行動させようという意思が極めて強固なものであつたことを認めるに十分である。

3 被告人は、Tに対し、高規格幹線道路である函館・江差自動車道の新設予定箇所に関する情報の内報を受けたい旨、ホワイトドームの建設予定場所等に関する情報の内報を受けたい旨、ホワイトドーム事業に第一コーポレーションが参加でき、その関連の鉄骨の製作・供給及び工事を共和が受注できるよう札幌市及び札幌商工会議所等に働き掛けてもらいたい旨、共和が手掛けていた上磯町リゾート総合開発計画に関して、北海道東北開発公庫に融資申請をした際に便宜の取り計らいが受けられるよう同公庫に働き掛けてもらいたい旨の請託をなして、贈賄を行つたものであるが、右のように請託を伴う贈賄は、職務と贈賄の対価関係を明確にし、職務の公正を現実に侵害する危険が高く、それだけに国民の信頼も一層強く損なうものであつて、請託を伴わない事案よりも厳しい非難がなされるべきである。現に右請託を受けたTは、右請託の趣旨に従つて、自ら共和らの関係者を伴つて、札幌商工会議所に赴き、ホワイトドーム推進会議の事務局長である同会議所専務理事に紹介するなどの行為に出ている。

4 被告人は、Tに対して、本件贈賄以外にも大臣就任の為の運動資金を渡したり、共和の社員をTの事務所に出向させたり、事務所経費を負担したり、Tの酒宴の費用を共和で負担したり、平成二年の総選挙に立候補したTの選挙運動を会社ぐるみで応援したりしており、Tと被告人の癒着には深いものがある。被告人がこのようにTと癒着し合つた関係を持ち、そのような中で本件贈賄を次々行つたのは、Tを利用し不動産開発などで巨利をむさぼり、また、共和の事業を拡大しようと企図してのものであり、ここにも、事業拡張のためには手段を選ばないという被告人の利己的、身勝手な考え方が表れている。

5 本件贈賄は、被告人が青森県三沢市長に対する贈賄事件の裁判継続中の犯行であり、被告人が前回の犯行を全く反省していなかつたことが明らかである。

6 贈(収)賄罪は、公務の公正及び公務員に対する国民の信頼を失墜させ、ひいて民主主義の根幹をゆるがし、また、法の支配を弛緩させる恐れの強い重大犯罪である。かかる犯罪に対しては、一般予防の見地からも厳罰をもつて臨む必要がある。

7 判示第四の一の二〇〇〇万円の供与は、被告人の方から申し出たものであるが、その余の合計七〇〇〇万円の供与は、Tから請託事項を実行する見返りとして要求され、これに応じて供与したものである。

また、函館・江差自動車道整備事業もホワイトドーム建設事業もたまたま被告人の思惑どおりには進捗しなかつたため、被告人が本件犯行により期待した共和の利益はいずれも獲得できないままに終わつている。

さらに、被告人は、本件犯行につき捜査段階でも率直に事実を認め、公判になつてからも分離前の相被告人Tが否認していることを知りながら自白を終始維持し、潔い態度を取つている。

三  一般情状

被告人は、過去にいわゆる刑余者や少年院仮退院の少年を雇用するなど社会奉仕活動を行つてきたことが認められる。また、本件犯行が広く報道されたことにより一定の社会的制裁も受けている。本判決の確定により、前記執行猶予が取り消され、本刑と併せて服役するであろうことが見込まれる。

(出席検察官 千葉倬男、藤田昇三)

平成五年五月一七日

東京地方裁判所刑事第一二部

裁判長裁判官 須田 賢

裁判官 伊藤真紀子

裁判官波床昌則は転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 須田 賢

《当事者》

本籍《略》

住居《略》

職業 会社役員 A 昭和一八年三月一五日生

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